3.2.合流
「ウォルフ……!」
「グルルルウ……」
生息地によってその毛並みの色が変わる魔物、ウォルフ。
草原は薄緑の草が多いので、ほとんどそれに擬態してしまっている。
しかし動いている時は体の輪郭が分かるので完全に見えないというわけではない。
テールはラッツの肉を足元に置き、剣を抜く。
どうしてこんな所に魔物がいるのだろうか。
この草原には危険な魔物は居ないはずだ。
「……縄張り争いで負けたのかな……?」
この魔物がこんな所にいるというのは、それくらいしか考えられない。
もしかしたら違った事情があるのかもしれないが、今はそんなことよりも倒すか逃げるかの選択肢を迫られている。
冒険者らしいことをしているので少し気分が高揚しているが、一人でこの魔物に立ち向かうのはマズいということは分かっていた。
今狩ったばかりのラッツの肉を投げれば大人しく引いてくれるだろうか。
足元に置いた肉をそっと手に取り、思いっきり遠くにぶん投げた。
するとウォルフは匂いを辿って走っていき、テールの前から去っていく。
テールもすぐに反対方向へと走り出し、ウォルフから距離を取った。
後ろを見てみるが、こちらに付いてきている様子はなかったので窮地は脱したと言っていいだろう。
もう追ってこないであろう場所まで走ってから足を止めて息を整える。
あまり運動をしてこなかったので、今のでずいぶん疲れてしまった。
両手を膝について肩で息をしている。
「ぜぇ……ぜぇ……。ふ、普通に走るのと、逃げるのは……違うんだなぁ……」
体力が続かない。
こんな調子では徒歩での移動など無理に等しそうだ。
早いところ馬車か何かに乗せてもらわないと、キュリアル王国の領地を出る前に死んでしまう。
大きく息を吸って吐き出し、膝を叩いて気合を入れる。
バックを背負い直してさぁ歩こうといったところで、再び後ろから唸り声がした。
「……ぇ……?」
口元を真っ赤に濡らしたウォルフが、低姿勢でこちらに忍び寄ってきていたのだ。
あの小さな肉だけでは物足りなかったのか、それともまだくれると思ってついて来たのかは不明だが、どちらにせよテールを標的にしているのは間違いなさそうだった。
テールはこの魔物から逃げ出す手段をもう持っていない。
それにしっかりと追跡してきたのだから、また逃げたとしても追いかけてくるだろう。
剣をもう一度構え、今度は狩る勢いでウォルフに立ち向かった。
初めての接近戦での戦い。
ラッツを狩った時の様にナイフを投げればよかったのかもしれないが、緊張して焦っているテールがそれに気付く余裕はなかった。
今手に持っている剣を信じ、リバスに教えてもらった剣術を思い出して柄をしっかりと握る。
ウォルフも向こうが抵抗する気だということが分かったようで、迂闊には手を出そうとはしない。
しかしどこで飛び掛かろうかを思案するように、テールの周囲をゆっくりとした歩調で歩いている。
テールは切っ先を一切動かさず、動きに合わせて体と剣先を向け続けた。
一歩、二歩、三歩目で、ウォルフが更にに姿勢を低くして足腰をばねの様に使い、飛び掛かってくる。
それに気付いたテールは重力に任せて剣を下段に下ろし、跳ね上げる様にして一気に振り抜いた。
「ガルル!!」
「惜しい!」
ウォルフはそれに反応して空中で姿勢を変え、紙一重でその攻撃を避けた。
毛が切られて少しだけ宙に舞う。
姿勢が崩れたウォルフに攻撃をしようと、踏み込んで剣を横凪に振るうが、すぐに逃げられて空を切るに終わった。
また先ほどと同じ様に、テールの周囲を歩き回る。
「──ぉ─ぇ─ぃ」
「……?」
「──何してんのよぉーー!!」
「ギャウッ!!?」
かすかに聞こえた小さな声が一気に近づいてきた。
それに気付いた瞬間、目の前にいたウォルフが誰かに蹴り飛ばされて転がっていく。
一体誰だと思ってその人物を見てみると、とても見覚えのある姿だった。
白い髪に赤い髪飾りを付けた可愛らしい少女。
冒険者の服を着ており、腰にはテールが研いだ両刃剣・ナテイラが携えられている。
彼女は腰に取り付けられていたナイフをすっと取り出し、蹴り飛ばしたウォルフに歩み寄った。
「ぅえ!? め、メル!?」
「ウォルフ殺す!」
「え、メル!? ちょ──」
「ギャウ! ギャイィン!!」
「うわぁー」
一瞬で現れたメルが、先ほどまでテールを襲っていたウォルフを生きた状態で捌いていく。
登場からその行為に至るまでの速度が尋常ではなかったので何もすることができず、ぴくぴくと動いているウォルフをさすがに哀れに思った。
酷くグロい光景が目の前で起こっているので、背を向けて解体が終わるのを待つことにする。
なぜ彼女がここにいるのかという理由が知りたいところだったが、今はそれどころではなさそうだ。
なぜか機嫌が悪いので、気が済むまではそっとしておこうと思う。
しかし、思わぬ助っ人が来た。
そのことに少し安心しながら、テールはメルが解体を終えるまで待ったのだった。




