2.23.Side-ナイア-次の行き先
大きな本を開いて立ちすくんでいる人物がいた。
彼の持っている本は特別な物であり、現世で起こっていることがリアルタイムで見ることができる本だ。
テールが今日にでも教会に来て、自分と会ってくれそうだということだったのでずっと監視していたのだが……。
彼は現世で起きていることを見て、戦慄していた。
神らしからぬ憤りを感じており、このどうしようもない怒りを何処にぶつければいいのか分からなくなっていた。
「あ、あの……うっそ……!? こ、ここで、そんな……!」
スキルの神、ナイア。
ようやくテールに剣術スキルを与えることができる段階まで研ぎ師スキルを極めてもらったというのに、まさかの国外追放。
冤罪を吹っかけられて訳も分からない理由で追放された。
これではテールと連絡を取ることができない。
わなわなと震えている手を何とか押さえつけながら、これからどうしようか考える。
当初の予定としては武器の声を聞けるようになったあとに剣術スキルを授けるはずだった。
ちょっとした神様の力で手紙を書いて送ろうと思っていたのだが、丁度いいタイミングでテールが教会に来てくれるということになったのでこれはなしにしたのだ。
連絡が取れなくなった以上、どうやってスキルを授けようかとにかく悩んだ。
他の国に腰を落ち着けてもらえば何とか連絡を取ることはできるかもしれないが、その前にテールが国の外で死んでしまう可能性がある。
なんとかしてやりたいところだが、神が一人の人間に世話を焼きすぎるというのは問題となってしまう。
あくまで声をかけるのは、特別な事情がある場合に限るのだ。
「……ナイア。ちょっと冷静になりなさい」
「し、しかしカテルマリア様! これでは……これではこの六百年間の苦労が水の泡となってしまいます! テールを失ってはいけません! というかあの人間共!! なんてことをしてくれたのだ!!」
「尊厳を損なう様な発言は慎みなさい」
ナイアは他の神とは少し違うところがある。
特にこういった性格は、神の中でも希少種と呼べるものだ。
本当に人間臭い神様である。
しかしあの国の人間がこれまで積み上げてきた苦労を瓦解させようとしてたのは事実。
だからといって何かする訳ではないのだが、少しだけ残念に思った。
カテルマリアは小さくため息を吐いた後、ナイアの持っていた本を持ち上げる。
小さな体で大きな本を持ち上げるのはなんだか違和感があったが、これは本の方が気遣ってくれているのだ。
カテルマリアはテールが映っている映像を覗き見た。
「……どうやら心配はなさそうですね」
「え? で、ですがテールはこれまで研ぎ師スキルを極めるために冒険者活動は元より剣術の鍛錬はほとんど行っておりませんでしたよ? 一人でこの先を生きていくのは……」
「一人であれば、そうでしょうね。ですが助けがもうしばらくしたら合流するようです」
「助け?」
カテルマリアが本をひっくり返してナイアに見せる。
テールが映っている近くに、彼の幼馴染であるメルが走って国を出ているのを見つけることができた。
「ああ……。これなら確かに何とかなるかもしれませんね」
「ええ。ですが問題があります」
「なんですか?」
「彼らの行き先はもう決まっているのです」
「予知したんですか?」
「ええ。心配でしたので」
カテルマリアもここでみすみすテールを見殺しにしたくはない。
なので彼女の力を使って彼らの動向を予知してみたのだ。
すると……とんでもない行先へと向かうことが決定していた。
「リヴァスプロ」
「え!? 今行っちゃうんですか!? 今ですか!?」
「どうやらメルさんが彼らの噂を知っていたようですね。もう私たちでは止められませんし、見ているしかないでしょうね」
「こ、これは……。んぬぅ……。そう、ですね……」
リヴァスプロ王国はとても豊かで観光地にも恵まれている。
交易が多く通っており行商人であるのなら一度は入ってみたい国だろう。
だがその豊かさには裏がある。
とはいえ、悪いことをしているというわけではない。
その国に滞在している人が、この国に人を呼び込む。
主に冒険者を。
この国に居る人物こそが、カテルマリアが救えなかった人間である。
研ぎ師スキルを極めたテールであれば、彼らを救うことができるかもしれない。
カテルマリアは彼に期待している。
ナイアもまた、テールを信じていた。
「なるようにしかなりませんか……」
「ええ。私たちは見守るだけです。で、剣術スキルはいつ渡すのですか?」
「……どうしましょうね……」
一度でもいいのでテールが教会に入って祈りを捧げてくれればいいのだが、そうでない場合は連絡をつけにくくなる。
いくら神様とはいえ万能ではない。
神様から接触するのは基本的に厳禁なので、手紙を送るのにもずいぶん慎重にしなければならないのだ。
常に移動し続けるようであれば、手紙を届けることは不可能だろう。
なので、やはりテールが教会に来てくれるのを待つ方が利口だ。
「こっちもなるようにしかなりませんねぇ……」
「教会に来てくれることを祈りましょう」
「そうしますかぁー……。んじゃせめて、テールがメルちゃんと合流できるように細工しましょうかね……」
ナイアはカテルマリアの持っていた大きな本を手に取って、ぱたんと閉じた。




