16.20.さよなら
一度だって忘れたことのない顔。
それが今、目の前にある。
あの時守れなかった彼女とこんなところで出会えるなど思っていなかった蕪は、やや呆然として船橋を見ていた。
「何故……」
「死んだと思ってたんだけど、貴方と同じくここに……。あれ、でも叔父様は私が来たときより前に呼ばれたんだよね?」
急に何を話すのか。
ふとした疑問を口にしただけだっただろうが、それこそ彼女の特徴だ。
空気を読まず、よく疑問を口にしていた。
今の話だけでは全く話が見えてこないので、もう少し説明を求める。
「木幕さん曰く藤雪って人は若い頃のアテーギアに会ってたとかなんとか……」
「ああ、そういう、ことですか」
同じ時代を生きたもの同士だが、この世に飛ばされる時代は違うらしい。
木幕が若い頃、歳を取ったナルス・アテーギアと一度で会い、彼から過去に侍に出会ったという話を聞いた。
それは十中八九藤雪だ。
そして蕪を斬ったのは藤雪であり、彼がこの世に呼ばれた時と同じ時代に蕪は召喚された。
どうやら、約数十年程の誤差がある。
邪神は神というだけあって、好きな時代に侍を呼べるようだ。
それにしても、なんとも奇妙なことか。
もう会えぬと思っていた者に、こうして会える時がくるとは。
蕪は重い体を持ち上げ、嘆息する。
ちょこんと隣に座った船橋は、あの時と変わらない蕪の横顔を見る。
もう時間はあまりない。
己の負けを認めると、呪いは凄まじい速度で霧散していく。
辛うじてこの世にすがり付いていた魂が、次第に剥がれていった。
「しかし、何故……」
「それはなんの何故?」
「牡丹様は……随分、女子らしくなられた……」
「まー……いろいろあったんだよ。それこそ自分を見つめ直さないといけないときが」
「ほぉ、成長もされておりますな……」
感心したようにこくりと頷く。
心残りは今しがた全て消え去り、もう神に頼む願い事はなくなった。
元々蕪は、船橋と共にもう一度旅がしたいという願いを叶えるために、邪神に従ったのだ。
それは惜しくも成すことはできなかったが、既にそんなことはどうでもよくなった。
蕪は船橋が同じ魂の存在であると理解した。
彼女も同じようにこの世を去ることができればいいが、どうやらそこまで話しは単純ではないらしい。
「牡丹様は、いつまでここに」
「どうだろ、わかんない。でもそう遠くないと思う」
「左様ですか……。いやはや、貴方を目にしていたならば、このような仕合は止めていましたものを……」
「楽しそうだったから、声かけなかったの」
「ああ、なるほど、なるほど」
蕪は気配が強いため、他者の気配を辿るのが苦手だ。
殺気は別として普通に過ごしている者の場合、目視でなければ判別ができない。
困った個性だ、と蕪は小さく笑った。
無用な戦いは避ける主義だというのに。
「まぁ、それが叔父様だし」
「手痛いですなぁ。だがまぁ……それも、よし」
「ねぇねぇ、どうだった? 木幕さん。強かった?」
「木幕殿というのか。いやはや、あれほどの使い手は、やはり居らぬでしょう……」
蕪の経験上、あれほどの手練れは一度だって見たことがない。
それはそうだ。
本当に生きている時間が違うのだから。
だが、ただ長く生きているだけでは、ああはならないだろう。
呪われて不死となった時から今の今まで、常に鍛錬を行ってきたから成し得る力。
生きている限り、修行を続けた木幕。
自分より強い相手にあれから一度も出会ったことはなく、向上心は既に散っていたが義務感だけは残り続けていた。
いつか、いつか来るその日のために。
そんな相手と一度でも手合わせをする事ができた自分は幸運だ。
蕪はそう語る。
結果は敗れてしまったが、勝ってばかりの毎日など退屈で仕方ない。
それは彼自身がよく知っている。
だが、もし木幕が若いころの技量のままであれば、軍配は蕪に必ず上がっていただろう、とも口にした。
負け惜しみではない。
これは確かなことであり、蕪はそう直感していた。
「カカカカ……。こうして、旅をしましたなぁ……」
「だね~。叔父様、日本刀」
「……ふむ」
「大丈夫、一緒に行くから」
「……御意」
蕪は腰から鞘を抜き、納刀してから船橋に己の日本刀を手渡した。
銘を雲斬。
雲を模した鍔が特徴的で、他は普通の日本刀と変わらない。
蕪家が代々統一してきた鍔の形であり、彼らの家紋も雲をモチーフとして作られている。
見慣れたはずの雲斬。
しかしこうして手に持ってみると、初めて見せてもらったような高揚感がよぎった。
「研ぎ師に、よろしく言っておいてくだされ。私は、彼を……」
「分かってる」
「……彼に、手、出さず……し……よ……か──」
カクンッと首が落ちる。
それと同時に蕪の姿がゆったりと消えていき、最後には息を吹きかけるようにして煙が宙に溶けていった。
大切そうに雲切を手にし、仲間の下に戻っていく。
幌馬車の所まで戻れば、木幕は近場の岩に座って目を閉じていた。
他の皆も船橋が戻ってくるのを待っていたらしく、外に出て待機している。
船橋は真っ先に、テールの下へと近づいた。
「テール君、お願いね」
「分かりました」
テールはしかと、雲斬を両手で受け取った。




