2.21.Side-メル-閉店
街はすっかり綺麗になり、今はいつもと同じ光景が広がっている。
いつも通りだなぁ~と思いながら、メルはるんるんと軽い足取りでスキップをしてテールがいる店へと向かっていた。
剣の話をまだ聞いていない。
今日はお休みとしているので可愛らしいし服を着て遊びに行っている。
剣の声を聞いたという話も気になるので、自分の剣が今何を考えているかも聞きたかった。
テールに会うのと同じくらいの楽しみが増えると、もう少し急いで向かいたくなる。
そこで屋台のおじさんに声を掛けられた。
冒険者の仕事帰りによく寄っているお店だ。
「お、メルちゃーん! 今日はお休みかい?」
「そうなのー! 遊んでくるー!」
「これ持ってきな!」
ぽーんと飛んできた包みを片手でキャッチする。
中を確かめてみると、その中には髪飾りが入っていた。
白い髪によく似合いそうな赤い宝石が散りばめられたものだ。
「わぁ!? え、いいの!?」
「いつものお礼だよ! それだけうちにも余裕が出てきたってことさ! メルちゃんのお陰だから遠慮なく受け取ってくれ!」
「ありがとう! また来るねー!」
「おう! 待ってるぜー!」
手を大きく振って屋台ののおじさんに別れを告げる。
軽快な足取りでまた歩きながら、髪飾りを頭に止めた。
ガラス張りのお店で立ち止まって自分の姿を確認し、変じゃないかを確かめる。
良さそうだったので一度頷き、また歩いていった。
テールはこれに気付いてくれるだろうか。
そんなことを考えながら道を進んで行くと、なんだか人だかりができている。
それもテールのいる店にだ。
何かあったのだろうかと思って走って近づくと……兵士が中にあるものを回収して回っていた。
明らかにただ事ではない。
人ごみを搔き分けて
「!? え、なに……?」
「あ……メルちゃん……」
「か、カルロさん! なにがあったの!」
「説明……しにくいな……。……まぁ、閉店するのさ……」
「て、テールは!? テールは何処にいったの!?」
「追放されたよ……」
その言葉を聞いて、ぴしりと何かに罅が入ったような衝撃が走った。
どうしてそんなことが起こったのかは分からない。
だが今確実に言えることは、テールは今一人で国の外にいるということだ。
「カルロさん! テールはどこに行ったの!?」
「西の城門に走って行ったよ」
「ありがとう!」
「ま、待て待て! どうするつもりだ!」
「追いかける!」
そう言って踵を返し、人混みを一度の跳躍で飛び越えて走っていった。
それを見ているだけしかできなかったカルロは、なんだか安心していた。
(……メルちゃんがいれば、大丈夫だね)
「おい、行くぞ」
「ああ、はいはい……」
◆
メルは来た道を走っていた。
人を華麗にかわして自分が持てる全力を出して疾走している。
だがそこで先ほどの屋台が目に入った。
髪飾りを取り、屋台のおじさんに声をかける。
「おじさん!」
「お? メルちゃんどした?」
「ごめん、これ……返す」
そう言って、先ほどの髪飾りを手渡そうとした。
店主は驚いた様子で髪飾りとメルを交互に見比べる。
「どうしたんだい?」
「ちょっとした事情があって、この国を出ることにしたの。だから……」
「……さっきの一瞬で何かがあったんだろうけど、それは聞かないでおくよ。でも、だったら尚更貰ってくれ」
「でも……もうここにこれないかもしれないから……」
「そんなのは気にしなくていい。それにこれじゃ格好がつかないじゃないか。ほら髪飾り付けて! テールを追いかけるんだろう?」
「え!? なんでわかったの!?」
「え、マジ? いや、まぁ……メルちゃんが国を急に出るってなるとそれくらいかなぁって……」
メルがテールを好いているということは大体の人が知っている。
隠す気がなさそうだからだ。
「ま、まぁそれは置いといて! ほら早く行かないとどんどん離れちゃうぞ!」
「う、うん! ありがとうおじさん! また、また来る!」
「待ってるよ」
メルはもう一度髪飾りを付け、今度は自分の部屋に向かって走っていく。
部屋の中に入った瞬間装備を手に取ってすぐに着替え、旅の支度をする。
魔法袋があるので準備自体はすぐにできた。
あとやらなければならないことは……。
アイニィとコレイアに別れを告げることと、冒険者ギルドの条件変更の手続き。
メルはこのキュリアル王国専属の冒険者となっているのだ。
なのでここでしか仕事ができない。
契約条件を変更してどんな場所でも働くことができる普通の冒険者にならなければ、旅路で問題が発生する可能性がある。
テールを追いかける前にこれだけはやっておかなければならなかった。
準備が整った瞬間部屋を飛び出し、大家さんに話を付けに行く。
彼はいつもカウンターに座っているのですぐに見つけることができた。
「大家さん!」
「うわっ!? ど、どうしたんだい?」
「部屋を引き払います!」
「え!?」
「一ヵ月分の家賃おいておきますね! あとはお願いします! 長い間お世話になりました!」
「うっそちょっとま、ええ!?」
その後宿を飛び出し、今度は冒険者ギルドに向かう。
契約内容の変更をするにはナルファムに話を付ければすぐに終わるだろう。
冒険者ギルドの扉を蹴飛ばして中に入ると、その音に驚いた冒険者がこちらを向いた。
ただ事ではない様子のメルを見つけて誰もが驚いたが、メルはそんなことを気にしているほどの余裕はない。
すぐに二階に上がってナルファムがいるであろう部屋に殴り込む。
「ナルファムギルドマスター!!」
「残念、今日はダムラスがお相手するぜぃ。よぉ、久しぶりだな最強少女」
「冒険者の契約内容の変更をお願いします!」
「……おん?」
彼は副ギルドマスターのダムラス・カートムだ。
確かに久しぶりに会ったが今はその余韻に使っている暇はない。
すぐにでも契約内容を変更してもらわなければならないのだ。
このギルドで権力を持っているのであれば誰でもいい。
しかしダムラスは首を傾げた。
メルが急にそんなことを言うのは何かがあったからに違いない。
「何があったんだ?」
「私、この国を出ます! なので専属冒険者を辞めるんです!」
「国を出っ!? なんでだ!?」
「テールを追いかけます!」
「……ああ、なるほどね……。恋する乙女は止められそうにないし、んじゃ勝手にやりますかね」
「え、いいんですか?」
「ああ」
もっと止められるものだと思っていたメルは、彼の反応に少し拍子抜けした。
このギルドで頼りにされ、今後の将来に期待されているメルを逃がしてしまうというのはギルドの損失となる。
だからこそナルファムはテールと一緒にこの国に彼女を連れ込んだのだ。
恐らく、ナルファムであれば是が非でも止めていただろう。
今回ばかりはダムラスで助かったのかもしれない。
彼はテキパキと書類やら何やらを取り出して、一枚の紙を机の上に出した。
「ほれ、これにサイン」
「あ、はい」
「それとこれ。新しい冒険者登録証」
「? ケース?」
「専属だった冒険者がその任を降りることは結構あるんだが、またここで専属として働くことも珍しくない。なんせ給料が違うからな。その時はこのケースを捨ててしまえば、またここで簡単に専属冒険者として働くことができるぞ」
「なるほど……」
メルは持っていた専属冒険者登録証を、そのケースに入れた。
カバーケースみたいなものなので、重要な箇所は見れるようになっている。
それを確認した後、メルはそれを懐に仕舞った。
「ほい、これで終わりだ」
「あ、ありがとうございます!」
「急ぎなんだろう? 早く行ってやんな。ナルファムには何とか言っておくからよ」
「助かりますダムラスさん!」
するとダムラスは目を閉じながらある方向を指さす。
そちらを見ても壁しかないが……。
「それと……ギルドを出て東に行ったスイーツ店にお仲間がいるぜ。挨拶だけはしっかりして来い。納得してもらうまで話し合えよ?」
「ダムラスさんの魔法って……」
「この世で世界一珍しい無詠唱の索敵魔法。内緒だぜ?」
「すご……」
「ほら行った行った! 俺は忙しいんだ!」
「はい!」
一度深くお辞儀をして、部屋から脱兎の如く飛び出した。
階段を使わずに飛び降り、また扉を蹴り飛ばして外へと走っていく。
その音がここまで聞こえてきた。
若いってのはいいなぁと呟きながら、椅子にもたれかかって宙を仰いだ。
「……あぁ~、やべぇ。ナルファムになんて説明しようかな」
そう言って少し憂鬱になるが、後悔だけはしていないダムラスなのだった。




