16.16.こんにちは
「魔族領までの道は……まずミルセル王国を通って……」
「来た道を戻るんですね」
「うん、そうだよ。海を渡ってもいいけどナルス・アテーギアがまだいるかもしれないからね。ということで僕の奇術で移動するって訳」
「……馬車、壊れません?」
「昔、槙田さんが飼ってた怪鳥よりはましだよ」
「閻婆か……」
閻婆というのは地獄に住まう怪鳥のこと。
地獄には様々なものがあり、教えているとキリがない。
なので奇術を使って動物を操っている船橋は話を切り上げたが、木幕の中に居る槙田はうずうずと話したそうにしていた。
ときどきカクッと傾く木幕の頭が、それを示唆している。
メルは獣に引っ張られて高速で通り過ぎていく景色を見ながら、馬車の心配をした。
これだけ早く動く馬車など見たことがない。
本当にこのままで大丈夫なのだろうか、とは思ったがそこは葛篭が対応してくれている。
今は寝ているが……。
補強金具もキュリアル王国にいる間に石動という鍛冶師が作ってしまったようで、今回馬車の足回りは来た時よりも強度があるのだ。
そう簡単には壊れることはないというが、それでも少し心配であった。
だが、この速度であればもしかすると蕪から逃れられるかもしれない。
走ったとしてもこの速度には追いつけないだろう。
忍びであれば別かもしれないが、話を聞く限り体力自体は普通の人間。
卓越した剣技を有しているとはいえ、走ることに関してはこちらの方に軍配が上がる。
獣に引っ張ってもらっているのだから当然と言えば当然だ。
戦いが先延ばしになるのであれば、こちらにも余裕が出る。
彼が強いということなのであればもう一人くらいテールに研いでもらい、木幕に戦うことができる余裕を与えるのが賢明。
二日……それだけあれば、テールは日本刀を一振り研ぐことができる。
「実際、善さんは今戦えそうです?」
ふと、レミがそんなことを聞いた。
御者を船橋に任せているので、彼女は木幕の側にちょこんと座っている。
木幕は目を開け、ふむ……と考えこむ。
「以前、テールの毒抜きに使った奇術で、某の余裕はほぼなくなった」
「あっそういえばありましたね……」
「そ……その節はどうも……」
ナルス・アテーギアの船からいつの間にか同行していた一枚の葉っぱ。
テールの身に危険が生じると、自動的に治癒などをしてくれるという魔法だった。
しかし一度しか使うことができないので、本当に危険な時にしか動かない。
だがそれで木幕の中にある呪いの受け皿に限界が迫ったらしい。
それ以降、ほとんどの場面で彼は動いていない。
唯一動いたのは、槙田の日本刀を見つけた時。
ロストアと戦った時だけだ。
「されど、今はずいぶん器に空きができた……。多少無理をしても、問題はあるまい」
「西形さんの魔法スペック高かったもんなぁ~。先手必殺って感じでしたし」
「そうだな。恐らく、蕪一人であれば何とかなるだろう。先に葛篭を出してみるがな」
あくまでも自らが出るのは最終手段にしたいらしい。
しかし今回の相手は藤雪ですら苦戦したという人物。
魔法も出し惜しみなく使ってくるとの事なので、魔法を付与された葛篭がやられてしまう可能性も充分にあるように思えた。
とはいえ木幕が戦わないに越したことはない。
気たる日まで温存するのがいいのは間違いないが……。
「西行さん、言ってましたもんね……」
「ええ、そうね。木幕さんか葛篭さんじゃないと勝てないって。で、どうします? 善さん?」
「まずは見ねばな」
キョロ、と木幕の眼球が鋭く動いた。
そのまま顔をそちらへ向け、眉を顰める。
「……船橋」
「えっあっははい!?」
「止まれ」
「ぅえ? わ、分かった……」
動物たちに指示を出して、馬車をゆっくり止める。
すると木幕は立ち上がり、寝ている葛篭をたたき起こした。
「いっで!?」
「仕事だ」
「はぁ? ……うっわ、まじかいな。スゥ、借りっぞ」
「っ!」
ガッと獣ノ尾太刀を掴んだ葛篭は、馬車から勢いよく飛び出した。
二人以外の者はなにがなんだかわからず、馬車の中から外を見て周囲を警戒する。
しかし何も感じられなかった。
どこかに人がいるという気配もなく、嫌な感じもしない。
だが、木幕と葛篭はなにか確信を持って外に出た。
「……テール、何か分かる?」
「さ、さぁ……」
『『僕も分かんないね』』
『うん』
『左前方の巨木を、巨木をご覧ください』
「え? 左の巨木……?」
不撓に言われてそちらを見てみると、確かにそこには大きな木が鎮座していた。
根っこが地面から盛り上がってうねっており、その太さからとても長生きをしている樹木だということが分かる。
すると、ゆるーり、と誰かが出てきた。
「「!?」」
「こんにちは」
姿を見た瞬間、嫌な気配が一気に押し寄せてきた。
レミも咄嗟に薙刀を取り出し、馬車を降りる。
キュリアル王国で石動に作ってもらった新しい薙刀だ。
少々刃が太くなっており、柄も若干太い。
それをぐるんと回しながら、基本姿勢を取る。
彼女の動きを見た男は、ほぉ……と感嘆の息を漏らした。
「これは、なかなか」
「お前さんが蕪か?」
「んむ? おお、如何にも。御身もなかなか……。しかしそちらの方は……鋭い……」
葛篭に対する反応はレミを見た時と同じ。
だが木幕を見た時だけはその反応を変えていた。
明らかに警戒心が違う。
すると蕪は、早速柄に手を置いた。
キン、と鯉口を切っただけだったが、その瞬間どんっと何かがぶつけられた。
馬車の中に残っていたテールとメル、そしてスゥは驚愕して後退し、その気配の強さに慄く。
船橋、そして前に立ったレミですらも三歩下がり、脂汗をにじませる。
しかし木幕と葛篭は微動だにしない。
だが……葛篭は眉間に深い皺を作っていた。
「おい木幕よぉ……。ちぃとばかし、速くねぇか」
「ん? ああ、気配を使って移動したまで。どこへ行こうと、逃がしはしませぬ」
「おっとろしい。したらば……やるしかなさそうだんなぁ」
葛篭が獣ノ尾太刀を首に回す。
そして両腕を広げながら抜刀し、鞘を地面に突き刺した。
それはずずずずっと沈んでいく。
「ほぉ……土塊の奇術……! なるほど……!」
不気味に、楽しそうな顔をして口角を上げた蕪が、刃を抜刀した。
「奇術・雲斬」




