16.12.一時休戦
「休戦だぁあ?」
「ええ、その通り」
にこやかな笑顔で彼はそう言った。
とはいえ未だに強すぎる気配は隠しきれていないし、隠そうともしていないようだ。
しかしその日本刀の携えかたを見れば、これが本気の提案であるということがよくわかった。
だが、妙だ。
再び蘇った者共は邪神の呪いの支配下にあり、ある程度の自由は認められるが全く別のことになると強制的に自我を失ってしまうはず。
だというのに彼は真正面から今は戦う気はない、と宣言したのだ。
普通であればここで自我を失い、戦いを仕掛けてくるはずだが……その気配は一切ない。
相変わらず蘇った者共の瞳は不気味だが……どこからどう見ても、今の蕪に敵意はなかった。
「……どういう?」
「ああ、なに。少々厄介事を抱えてしまいましてな。それを捌いてから、またお目見えしたく」
「随分余裕なんだね」
「そのような場に、幾度も呼ばれましたからな」
平然と、そして淡々と言葉を繋げる蕪には一切の焦り、緊張が感じられない。
それは過去に経験してきた対談が、この場にも反映されているだけではあったが、明らかに敵とわかる相手を前にして、ここまでの余裕があるというのは恐ろしかった。
魔法を使っているので本体はここにはいない。
なので余裕があるのは普通なのではないか、と思うかもしれないが長年忍として生きてきた二人は、それは否だとはっきり口にできる。
全て、その話口調に出ていたからだ。
偽りの余裕ではないと、分かっていた。
「……どうするよ」
「もし断ったら?」
「む、そうですな」
蕪は少し驚いたように目を見開いた。
少し怪訝そうな表情を見せて悩み混んでいたが、ふと顔を上げて目を細める。
「「!?」」
突如、二人の背後から蛇にでも睨まれたかのような悪寒が走った。
巨大なひとつ目が二人を凝視しているかのようだ。
同時に一歩下がったところで、その視線はすぐさま消えてしまったようだった。
汗が額から落ちてくる。
気を緩めれば気を失いそうなほどの重圧だった。
僅かに手が震えていることに気付いた辻間は、乱暴に手を振るってそれをごまかす。
(化け物が……)
本能が逃げろと警告を発し続けている。
危機察知能力が人並み外れている二人はその警告を押さえつけながら、未だに本体でもない存在に警戒を解くことができなかった。
「こうなります」
「……あくまでも、戦いを先延ばしにするだけなんだね」
「無論この場で仕合っても構いませぬが、そうなると負荷をかけてしまいますゆえな……」
「……いいだろう」
「おい西行……」
辻間の言いたいことはわかる。
勝手にそんなことを決めていいのか、と言いたいのだ。
だがこいつと戦うには、恐らく木幕の力が必要となる。
であれば、こんなところでおっぱじめて死ぬより、情報と今二人が持っている力二割を持って帰る方が賢い判断だ。
魔法も一つは把握している。
技量もわかったのだからそれだけで仕事はできたというもの。
西行はすぐに踵を返して逃げるように走っていった。
それをみた辻間も動きかけたが、思いとどまって蕪を見る。
「おい、いつならいいんだ」
「私の用が終われば、こちらから参ります」
「あっそう」
怪しげな気配は一切ないし、奇襲を仕掛けようという魂胆も見えない口調。
彼は正々堂々と戦う生粋の侍なのだなということが、それだけで理解できた。
馬鹿正直な人間もいたものだ、と鼻で笑ってから辻間はその場から去る。
取り残された蕪の気配。
それは陽炎のように歪んでから消えていき、完全に静かになる。
蕪がふと目を開けてみれば、先ほど狩った獲物を解体している二人が目に入った。
あの時助けた男女二人と、王子と思われる男の子。
危ないので離れるように、と言っても聞かないあたり、年相応の子供のように思える。
しかし彼の奥底に眠っている本来の強さは到底あの小さな体に収まるものではない。
蕪はこの子を見た時から大物になるな、という先見の明を持って確信していた。
「さて」
今のところ、怪しい気配はすべて消え去った。
この三人を襲ってくるような輩は今のところいないだろう。
しかし久方ぶりに忍びを見たものだ。
蕪は己自身の気配が強いということを自覚しており、そうそうお目にかかれることはないと思っていたのだが、魔法とは面白いものだとくつくつ笑う。
面白くも強い力を手に入れたものだ。
立ち上がって火を起こす。
そろそろ解体が終わりそうなので、食事の準備をしなければ。
あの時と同じ荷物をこの世にも持ってくることができて良かったと心底安心する。
もう暫くはこの三名と共に、同じ道を歩んで行こう。
「……」
蕪はしばらくは楽し気にしていたが、一瞬……本当に一瞬その表情に影を落とした。
彼は様々な人間と出会い、その根底にある力を見抜く力を持っていた。
生まれながらにして持っていた先見の明。
立ち振る舞い、言葉遣い、口調、速度、目線の動き。
それらすべてを見て一人の人間に対して予知をする。
無論それは……目の前にいる二人の男女にも使用されていた。
立派な家臣。
第一印象はそうだったが、彼らの言葉には……何か引っかかりを覚えていた。
「さて、どうなるか」
最後まで見届けることは決定しているが、悲しい結末にならないことを祈るばかりであった。




