16.10.残りの日本刀
「魔族領ですか。となると……ローデン要塞にも立ち寄ることになりますね」
「ふぁー、懐かしい名前だ~。でもまぁ……残りはそこにあるもんね」
「そうだ」
まだ回収できていない残りの日本刀は、もう少ない。
木幕の葉隠丸と葉の小太刀、柳の天泣霖雨、津之江の氷輪御殿、葛篭の獣ノ尾太刀は元々手元にあった。
そして今、沖田川の一刻道仙、西形の一閃通し、水瀬の水面鏡、槙田の紅蓮焔はすでに回収し、西形は一足先にこの世を完全に去ってしまった。
残っているのは西行の『陽高落』と『陰低昇』、辻間の『蛇狐牢』、そして船橋の『透泉雲海』のみとなっている。
西行と辻間の武器の在り処は木幕が知っているが、船橋の日本刀だけは誰もその所在を知らない。
その理由は……。
獣が、持って行ってしまったからである。
船橋は懐かしそうにそれを思い出しているようで、目を閉じて昔ほわほわと触った狼のことを思い出す。
木幕と戦った時に最後だけちょこっと出てきて、透泉雲海を持ち去ってしまった。
あれからどこにいるかも把握できてはいなかったし、今も尚どこに持ち去ったのかは分かっていない。
これが一番探すのに時間がかかるものなので、まずは所在が分かっている西行と辻間の武器を回収しに行こうという魂胆だ。
「ツインウルフ……っていう名前だっけ? 僕の日本刀を持って行っちゃった狼」
「ツイーワルフじゃなかった? 番で基本的に移動して、一匹がやられるともう一匹が魔物になるっていう変な狼」
「あー、そんな名前だったね。あの二匹、実は僕の後をずーっとつけてきてたんだよね」
「ほう、それは初耳だな」
「そういえば……」
水瀬が何かを思い出したようだ。
二人の目線が向くと同時に、話を続ける。
「弟が言っていました。レッドウルフが来た時、日本刀を咥えた白い狼も一緒だったと」
「でもそれ、六百年前の話だよね?」
「ええ、その通りです。ですが意思疎通ができたうえ、最後の目撃場所がローデン要塞。さらにレッドウルフを使役していたとなると……」
「……あれ、もしかしなくても僕の日本刀ローデン要塞の森の中にあるかもしれないって事?」
「まぁ六百年前の話なので確定ではありませんが、ツイーワルフが寒さに強い個体であればもしかしたら……」
「ううーん、確定ではないかぁ……」
「確かめる術はある」
「「え?」」
確信を持った言葉で、木幕は確かにそう言った。
今まで日本刀を回収してきて、木幕は一つの共通点を見出していた。
探している日本刀が近場にあるかどうかだけは、それで判断することができる筈。
「過去の者共が出て来るならば、そこにある」
「……ああ!」
船橋はすぐに合点がいき、ぽんっと手を叩いた。
思い出してみて欲しい。
まず最初に武器を回収したのは沖田川の日本刀、一刻道仙。
その時にライア・レッセントとバネップ・ロメイタスが出現したはずだ。
そして、槙田の紅蓮焔を回収する時はロストア、トリック、アベンがいた。
日本刀を回収することを阻止するように、彼らは前に立ちはだかってきたのだ。
一閃通しと水面鏡は比較的安全に回収できたが、恐らく、残り三振りの日本刀を回収するときに残りの者共が出現するはずだと木幕は睨んでいた。
「なるほど、だからこの国では出現しなかったんですね。追い詰める絶好の機会だったのに」
「で、でもまだ結構な人数いるよね……? 一番厄介なのも残ってるっぽいし……」
「警戒すべきはメディセオ・ランバラル、ティアーノ・レクトリア、テトリス・ファマリアル……。他にもウォンマッドやミュラ、エリーなんかもいますよね」
「ミュラ……。いたな、そのような奴が……」
あれと戦うのは確かに面倒だ。
とはいえ、適任はいるので何とかなると思うのだが……出てきたのであれば覚悟しておかなければならない存在だろう。
ふと、今のメルに彼女の相手ができるか考えてみた。
答えはすぐに出たが、もちろん口にはせず胸の内に押しとどめる。
まだ修行が必要だ、と思いながら息をゆっくりと吐く。
「えーっとなんにせよ、僕の日本刀がある場所で昔関りがあった人たちが襲ってくるってことでいいんだよね!」
「理屈はそうだ。もしそうなら、次は数が多いぞ」
「そうだね。でも何とかなるでしょ!」
自分の日本刀があるかもしれないということで、少し気分が上がっている船橋。
鼻歌を歌いながら馬車の準備をする為に、レミがいるであろう方向へと歩いていく。
水瀬は魂に戻って木幕の中へと戻った。
一人になった木幕は、一つだけ心配していたことがあったようで、今一度自分の中で侵食する呪いの進行度を確かめた。
西形が居なくなったので随分進行度は後退したが、木幕が少しでも戦えばまた進行するだろう。
この状態では、まだ魔法を使って戦うことはできない。
難儀な体になったものだと嘆息しながら、次の目的地である魔族領の方角に視線を向けた。
そして今こちらへと迫って来ている蕪無骨。
奴をどう倒そうかと、今悩んでいるのだった。
「……まずは、あの二人を待つか」




