2.20.出国準備
重い心持で店へと帰ったが、もちろん兵士も付いてきている。
これから支度をしなければならない。
それも、この国から出るための。
国王の命により領土から出るまでの支度は整えさせろ、と兵士に指示をしていた。
なので準備をさせてはくれるようだが……まだ準備をさせてくれるだけ優しいのだろうか。
いや、そもそも冤罪を掛けられた時点で優しさは存在していないと思う。
あんな国王だとは思わなかったと、ようやく冷静になったテールは心の中で呟いだ。
「十分だ。それで支度しろ」
「……」
返事はしない。
すっと中へ入っていって、テールは両親から貰った装備を身に付ける。
初めてしっかりと使うが、できればこんな形で使いたくはなかった。
研いだ短剣を鞘に納め、リバスから貰った剣を腰に携える。
バッグを持って作業場へと入った。
自分が使っている砥石を丁寧に布ぬ包んで、バッグの中へと入れていく。
砥石一つが入るカップも中に入れ、他の服やら何やらをどんどん詰め込んだ。
そうしていると、少し遅れて作業場に入ってきたカルロと目が合った。
なんとも残念そうな表情をして、テールの隣に座る。
「……声を聞けるって本当なのかい?」
「別れの間際に聞くことがそれですか? ふふふふ」
「大事なことだからね。にしても、テール君はあまり物怖じしないんだね」
「まぁ田舎で育ちましたから山には慣れてますし、なんだかちょっと楽しみではあります」
「へぇ。はぁ、僕もついて行きたかったよ」
「カルロさんは大丈夫なんですか? なにをさせられるかもわからないのに……」
「多分磨きだね。いろんなものを磨かされると思う。でもその代わり……もう僕が研ぎ師スキルへの偏見を変えることはできなくなるかな」
「……そう、ですね……」
恐らくほぼ幽閉に近い形で仕事をさせられる日々が待っている。
まだ優しい厳罰だが、カルロはそれに納得していない。
できるはずがないのだ。
だがここで逃げ出してしまえば、また研ぎ師スキルを持つ者への偏見が強まることは確実。
だから、兵士に従って行くしかない。
国王の決定というのは、この国で絶対的な力を持つ。
それが冤罪であったとしても、逆らうことができないのだ。
もし逆らえば、もっとひどい厳罰が待っているに違いない。
「テール君、君は僕を助けてくれるかい?」
「……できるかどうか、分かりません……。なんせこの国にはもう……」
「その理由は作れる。どうにかしてできるはずだ。どれだけ時間がかかってもいい。その間に僕は犯人の犯行手段を突き止めよう。冤罪だと分かってもらえれば……また元の生活に戻れる」
「でもどうやって……?」
「僕にもそれは考え付かない。だけどこの世界に絶対はない。成功すれば研ぎ師スキルを認めさせることもできるかもしれないんだ。僕は待とう。君がいずれここに戻って来ることを」
「……」
この発言にどれだけの覚悟が必要なことか、テールには想像ができなかった。
どんな目にあわされたとしても、テールを信じて待ってくれるとカルロは言っている。
彼を助ける方法は、今の段階ではない。
しかし、カルロの言う通り何か方法は絶対にあるはずだ。
それを探す旅に出る。
本当にどれくらいかかるのか分からないが、これは実現可能なことだ。
ビジョンはまったく見えない。
どうやってこの地に戻るのかも考え付きはしないが、冤罪を掛けられたままで終わってなるものか、とテールはぐっと手に力を入れた。
「待っててくださいカルロさん。僕は絶対に貴方を助けて犯人に公正な罰を受けさせるために、この地に戻ってくる事を約束します」
「うん。うん……! 待ってるよ、テール君! ゆっくりでいい。焦ってやっても成功しないからね」
「分かりました」
「おい! もう行くぞ! 早くしろ!」
「では、カルロさん! また!」
「ああ」
旅の目的ができた。
ばっと部屋を出ようとした時、最後に一度だけカルロに止められる。
急ブレーキをかけて後ろを振り向くと、金貨の入った袋を二つ投げ渡してくれた。
両手でしっかりとキャッチし、カルロを見る。
困ったような笑顔を向けていた。
肝心な物を忘れてしまっていては、ここに戻る前にくたばってしまうぞ、と言っているようだ。
申し訳なく思いながら、それを懐に仕舞った。
もう言葉は要らない。
小さく頷いてから、テールは走ってこの店から出たのだった。
「お、おい待て! 逃げる気か!」
「もう行きます! 見送りたいのなら早く来てください!」
「このガキ! 待てってんだよ!」
二人の兵士が甲冑を揺らして走ってくる。
だがそれよりも身軽なテールはそのまま城門の方へと走っていき、さっとこのキュリアル王国を出国したのだった。
しばらく走っても息は切れない。
こんなにもしっかりとした目的がある追放もなかなかないのではないだろうか。
目的があれば、これからどうすればいいのかも何となくわかる。
今はとりあえず、この領土からの脱出をしなければならなかった。
知らない所で力を付ける。
どうやってこの国に帰ってくるかは、その時に考えればいい。
今はただ、走っていたかった。
こぼれ出る涙を誤魔化すために。
悔しいわけがない。
どうしてこんな冤罪を掛けられて追放されなければならないんだ。
不遇職であるからという理由で変な推測を立て、追放にまで追い込んだあの男は許さない。
初めてテールの中で恨みという感情が込み上げてきた。
こんなに簡単にカルロと、メルと離れ離れになるとは思ってもみなかったことだ。
彼らは家族同然のかけがえのない存在。
引き離されることがどれだけ辛い事か、あの男には、あの国王にはわかるまい。
絶対に生きて、この地にまた足を踏み入れる。
絶対にカルロを助け出し、冤罪取り消させる。
そして絶対に、研ぎ師スキルを認めさせる。
「絶対に! 諦めないからなぁ!!」
走りながらそう叫び、テールはキュリアル王国から遠く離れていったのだった。




