16.6.無雲流継承者
振り上げてみて分かったのだが、軽く振ったにしても切り上げる速度が速いように感じられた。
なんだこれは、と思って今度は隼丸を一振り抜いて振り上げてみると、確かに普通に下段から切り上げるよりも速い。
この握りは、強制的に右手の力を脱力させる。
左手の力だけで引き上げるようにして斬り上げるため、間合いは少し狭いように感じたがそれをカバーするだけの速度を持っているように思えた。
しかし、これで戦うというのは、さすがに難しそうだ。
「な、なんか妙な感じです……」
『それが、それが無雲流です。真似できそうでできません。彼らはそれを極め、一挙手一投足に隙が一切ありません』
「一切ないは言い過ぎでは……」
『ないんです』
不撓は追い打ちをかけるようにそう言った。
明らかに間違ってはいない、と断言できるほどの自信を持っているように思う。
事実、彼らはそうだからだ。
最強の守衛。
もちろんそこに辿り着くには相当の時間と修行を要する。
蕪の一族の中でも不撓の言う様な一切の隙がない人物という者はそこまで多くないが、いるにはいるのだ。
その一人が、蕪無骨。
無雲流剣術十三代目師範。
要するにその代で十二代目の次、もしくは同等、もしかすればそれ以上の強さを有する人物。
そんな彼の動きに無駄があるとは思えない。
座っているだけで貫録をまき散らすような藤雪が本気を出さなければならなかった人物だとも言っていたのだ。
その強さは、想像をはるかに超えると思っておいた方がいい。
『『テール。木幕に置いていかれてるけど』』
「あっ!」
立ち止まって構えを取っていたので、すっかり距離が開いてしまった。
テールはすぐに走り出して、木幕の側まで近づく。
彼は相変わらず船橋を探しているようで、目を細めて周囲を見渡している。
「あの、木幕さん。どうして船橋さんを?」
「あやつは無雲流剣術の継承者だからだ」
「……え?」
『わぁ、そりゃすごい』
そういえば、船橋が戦った姿は一度も見たことがない。
多くの魔法を持っているということは知っていたが、それ以上のことは知らなかった。
少し口調が男寄りなところがあるが……。
実際、木幕やその仲間たちも、船橋の過去については誰も知らない。
知っていることは天皇を守るために仕えていた一族の流派、無雲流剣術を使うということだけ。
何か深い事情がありそうなので木幕は聞かなかったし、デリカシーのない者が聞いていたこともあったが船橋はその問いに一切答えなかった。
今更その理由を聞くことはしないが、相手が無雲流剣術の師範だ。
彼女であれば、最もその流派についてよく知っているはず。
「船橋」
「ほぇ? あ、木幕さん。どうしたの?」
木幕はようやく船橋を見つけ、声をかけて捕まえた。
どうやら炊き出しの準備を行っているところだったようで、食材を多く抱えている。
その隣にはメルが手伝いをしていた。
背に越すほどの量を持たされているため、少し足取りがおぼついていない。
それを見てテールはすぐに手を貸した。
木幕は二人をしり目に、即座に船橋へ問いかける。
「無雲流剣術師範、蕪無骨を知っているな」
「うぇ!? ……叔父様が何で今出てくるの?」
「「叔父様ぁ!!!?」」
「っ……」
テールとメルが叫ぶと同時に、木幕の頭が思いっきり傾いた。
中に居た仲間が大きな声を上げたらしい。
それからも小刻みに傾いているところを見るに、詳しい話を聞かせろと中で騒いでいる様だ。
木幕はすぐに指を振って会話を切る。
清々したと言わんばかりにほっと息を吐いた後、船橋に今一度目線を向ける。
「なぜ今まで黙っていた」
「聞かれなかったから……?」
「辻間に聞かれていただろう」
「あれに教えるのは嫌なので……。それに水瀬さんと津之江さんに心配されたくなかったし……」
「まぁ、いい。それはいい。無骨が叔父というのはどういうことだ」
「あー親族とかそういうのじゃなくて、本当にただの叔父さん……」
『『無雲流剣術師範がただのおっさんなわけねぇだろう!!?』』
その通りだ。
隼丸の盛大なツッコミには、大きく頷くしかなかった。
今船橋は急に知り合いの名前が木幕の口から出てきて、少し戸惑っているらしい。
なんだか会話がちぐはぐで、慌てているということもよく分かる。
一度落ち着かせた方がよさそうだと思い、木幕は大きくため息を吐いてから水瀬を呼び出した。
ここは、同性同士の方が話しやすいだろう。
「テール、来い。メルはそのまま」
「あ、分かりました」
「了解です……?」
テールと木幕だけがその場を離れていき、残ったのは水瀬と船橋とメルだけ。
水瀬は少し困った顔をしながら、小首を傾げる。
「ちょっと聞かせてくれるかしら?」
「ど、どこから話そう……。えーっと、僕が男として育てられたってことは言ったっけ……?」
「うん、そこまでは」
「あー、じゃあ僕が天皇の末裔って話は……」
「聞いてないわ!?」
触りの話を聞いただけのメルだったが、これは絶対ややこしい話だと確信したのだった。




