16.3.噂話
「へっくし!!」
「……魂でも風邪って引くんですか?」
「うぇ? い、いや……そんなことはないと思うよ……? 現に死んでから体を壊した人なんて、肉体を持ってる木幕さんくらいだし……。多分、誰かが噂してる」
鼻をすすりながら、船橋は寒そうに腕をさすった。
隣にいたメルは欠伸をしてから、大きく伸びをする。
そろそろテールが研ぎを終わらせている頃だろう。
あれから一切休むことなく研ぎ続けていたので少し心配しているのだが、あそこまで真剣な様子を見せられてしまえば、止めるのを躊躇せざるを得なかった。
木幕とレミはテールが研ぎを終えるまで側にいるということだったので、今は木幕の仲間が数人外に出て作業を手伝ったり、意見を述べたりといろいろやってくれている。
船橋もそのうちの一人であり、炊事を担当していた。
彼女の作る料理はとても落ち着いた味わいで、年寄りに人気だったように思う。
実際メルも食べてみたのだが、なんだか心まであったまるようで、穏やかな気持ちになった。
やはり造り手によって、料理とは変わるもののようだ。
「さて、もう少し下準備しておくかな」
「熱心ですね」
「まぁ木幕さんに言われてるのもあるけどね。とはいっても、僕も料理は好きだし。昔は結構一人で作ってたよ」
「へぇ~。異世界の料理かぁ……面白そうですよね」
「今は皆の口に合わせて作ってるけど、もしよかったら今度郷土料理を作ろうか?」
「わぁ、本当ですか!?」
「あ……でも材料がなぁ……。フグとかいるのかな? ミカンもないだろうし、筍も見たことないなぁ……。カブ雑煮なら作れるか! ぬたは……鯨が居ないからなぁ……」
いろいろ思案してくれているようではあるが、あまり現実的ではない料理ばかりしかないらしい。
世界が違うので使っている材料も違うはず。
作れない料理があるはむしろ当然である。
だが一つくらいは作れそうな物があったらしいので、その材料を探しに足取りを軽くして探しに向かった。
その後ろ姿を見届けていると、眠たそうな表情のままのコレイアが宿から出てきた。
日を浴びると強く目を瞑り、眩しそうに手で光を遮っている。
「おはよ、コレイア」
「お、はよぅ……。旅の後の……睡眠は質が良すぎる……」
「質がいいならしゃきっとしたら~?」
「まだ眠れる……」
「起きて」
ぺちっとコレイアの頬を両手で掴み、ぐにぐにと揉み込んでみる。
されるがままになっているのでそのまま続けると、急に脱力したので大慌てで支えこむ。
「ちょっ! 寝ないで!!」
「はっ……」
「あーびっくりした。ほら、顔洗ってきて」
「はーい」
少しでも遠征して帰宅すると、コレイアはすぐにこうなる。
動いてくれる時はしっかりと活動してくれるので問題はないのだが、帰ってからあそこまでふにゃふにゃされるとこちらまで眠くなりそうだ。
欠伸をかみ殺したあと、軽く体を動かす。
「よし、大丈夫」
「あ、メルちゃーん」
「レミさん? わぁ!? テールどうしたの!?」
「伸びちゃった」
小脇に抱えられたテールは、完全に眠っていた。
起こしてみようとしても一切の反応を示さない。
二日も眠っていなかったのだから当然の結果なのだが……逆によくあそこまで集中できるな、と感心する。
それがスキルの効力でったとしても、テール自身がやろうと思わなければ発動はしないだろう。
しかしテールがここにいるということは……。
「……西形さんは」
「先に逝ったわ。信念を貫くんだってさ」
「信念?」
レミはそれ以上先は言わず、口元に人差し指を立てただけだった。
そうしてからテールを寝室に運んで行く。
向かっているのはどうやらカルロが寝泊まりしている場所の様だ。
彼に任せておけば、確かに大丈夫だろう。
「本当によくやるねぇ。あの子は」
「びっくりした……」
「僕くらい気付けるようになってよね? いちいち驚いていたら戦いになんて始まらないし」
「ぜ、善処します……西行さん」
黒い羽織を羽織って登場した西行は、呆れたような、感心したような口調でテールを褒めた後、完全にやれやれといった様子でメルにお小言を零した。
間違っていることは言っていないのだが、その態度に少しカチンとくる。
悪意がないのは分かっているのだが、だからこそ質が悪い。
しかし、西行の顔を見てみると小難しそうな顔をしていた。
彼にしては珍しい表情だ。
「どうしたんですか?」
「……船橋なんだけどね」
「はい」
「……いや、やめとこう」
「えー」
口にしようとした言葉を飲み込み、踵を返す。
そのまま去っていき、いつの間にか忽然と姿を消した。
彼は何を言いたかったのだろうか?
船橋のことを気にかけているようではあったが……。
「……ま、いっか」
とりあえずテールの様子を見に行こう。
そう思って、カルロがいる場所へと足を運んだのだった。




