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呪い研ぎの研ぎ師  作者: 真打
第十六章 最強の奇術
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16.2.最強の奇術


 鯉口を切った蕪は、そのまま日本刀を抜き放つ。

 美しい反りの日本刀で、波紋は見事な直刃だった。

 鍔は雲を模した様な模様が描かれており、一箇所だけ太陽を模した小さな穴が開いている。


 真っ黒な鍔、柄、柄頭。

 その真反対の色合いを持つ真っ白な刀身。

 深い藍色の服を身に着けているためか、その刀身がよく目立った。


「恩人様に、今こそ恩を返しましょうぞ」

「……え?」

「この場から出ぬように」


 ぴしゃっと扉を閉じ、中段に刃を構える。

 模範となる程の美しい構えは一切の隙が無い。

 少しでもこちらが動けば、その首に刃を当てられるような錯覚を彼らは覚えたことだろう。


「さて……。来ぬのですかな?」


 体を完全に隠していた一人の男に、蕪は目線を合わせる。

 明らかに動揺した様子を見せたようだったが、バレているのであれば、と茂みから飛び出してきた。

 明らかに暗殺者の装いをしている。

 話を聞くまでもなく、彼らはあの子供を抹殺しに来たということが分かった。


 恩人を殺させてなるものか。

 蕪はすっと刃を持ち上げて、ひょう、と振るう。

 間合いは非常に遠いのでただ戦闘の準備をするものだ、と彼らは思ったに違いない。

 実際に刃を振るって気合を入れる騎士も多くいるのだ。


 ──だが、そうではなかった。


 バツァッ!!


「がっ……!!?」


 右腕が地面に落ちた。

 それを確認すると、蕪は大きく日本刀を横に薙ぐ。

 次の瞬間、茂みから赤い鮮血が次々に噴き出していった。


 月を隠していた雲がはけていく。

 夜ではあったが月明りに鮮血が照らし出され、チラリと光った。

 影ができるほどに強い月明りは周囲の状況を確認するのには充分であり、まだ運悪く生き残っていた人物も、その光景を目にしてしまう。


 真隣にいた仲間が、既に骸となっている。

 首から上が完全に消えており、未だに切られたことに気付いていないようで、体は力を失わずその場にしゃがみこんでいた。

 ごぽごぽと血液が流れ出ており、体が、地面が、周囲の草木が濡らされていく。

 ようやく頭がなくなってしまったことを理解した体は、コテンッと情けなく寝転がる。


 一部始終を見てしまった仲間は、戦慄いた。

 手が震えて武器を持つことができなくなり、からんと音立てて落としてしまう。


「そこの者」

「!!? ぐぇっ!!」


 ガッと脚を掴まれ、茂みから強制的に引っ張り出される。

 体が言うことを聞かず、暴れてはみるが大した抵抗にはなっていないようだった。

 そのままずるずるとボロ小屋まで連れてこられてしまい、ようやく手を離す。


 蕪は連れてきた男を睨みつけた。

 ズンッ……と思い枷が体にのしかかった様な気がして、男は息もできなくなる。

 過呼吸気味に何とか空気を取り入れていると、さすがにやりすぎてしまったか、と蕪は重圧を少し緩めた。


 先ほどの蕪無骨が居ない。

 背はまっすぐに伸び、よそよそしく自信がなさそうな姿は完全に掻き消えていた。

 今そこにいるのは凄まじい気配を身にまとった男だけ。

 それだけで何でもこなしてしまいそうな、凄味があった。


「お、おま、おおまえ、おまっだれ、だれなん、だ……!!」

「蕪無骨。草が覆う程に荒れる蕪に、型にはまらず、柔軟に生きよという意味で名付けられた無骨。成すべきことを成せなかった……若造よ」


 そう言い残し、扉を開ける。

 中には相変わらず身を寄せ合っている三人の姿があった。

 だが足元に転がっている暗殺者らしき人物を見て、目を見開く。


「そ、その男は……!!」

「何やら周りでこそこそしておりましてな……。数十名を斬首、一名を捕縛いたしました」

「く、黒い梟の装い……!」

「ぐっ……」


 バレている。

 であればもうやることと言えば一つしかないのだが、どうしても自害することができなかった。

 力が一切入らない。

 戦慄いたままの状態が常に続いており、震えて何事も思うようにできなかった。


 この男は本当に何なのか。

 それに先ほどの行動は、戦いにすらならなかったように思う。

 一度刃を振るっただけで、仲間の気配が一瞬にして消えた。

 あの距離で、一度だけしか刃を振っていないのに、自分以外の全員が死んだ。


 彼の魔法はなんだ?

 その武器は一体何なんだ?

 この男は……。


 ──人間なのか?


「これで恩を返せればよいのですが……」

「じゅ、充分……充分すぎます……!! 先ほどはすいません……。自分たちの正体を当てられて動揺してしまい……」

「お気になさらず。前触れもなく問うた私にも落ち度があります故。もしよろしければ、道中の護衛をさせていただきたいのですが、宜しいかな」

「ね、願ってもない……!! ここから馬車で三日行った所に、俺たちの仲間が待機している場所があるんです。そこまで行ければ……」

「……承知致しました」


 二人がいそいそと準備し始める。

 それをしばらく待つことにしながら、蕪は懐かしい記憶を思い出していた。


 あの時も、同じだった。

 あと少しの所まで来ることができたのに、最後の最後で守り通すことができなかったあの時のことを。

 今頃、彼女はなにをしているだろうか。

 過去の世で……無理矢理担わされた役目をまっとうしているのだろうか。

 家族共々、平和に、安全に暮らしたかっただけなのに。


「……牡丹様……」


 ぽそりと呟いたその言葉は、月が雲に隠れるようにかき消された。


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真打Twitter(Twitter) 侍の敵討ち(侍の敵討ち)
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