15.24.貫いた信念
皆が見守る中、テールはようやく手を動かし初めた。
しかし初めて研ぐ槍。
さらに一閃通しは少し特殊な片鎌槍なのでどうやって研ぐか、直前になってもう一度悩んだ。
だが手を動かしていくうちにどのように研げばいいか分かるようになったので、その感覚を維持したまま集中して砥石の上で刃を滑らせる。
一閃通しが見せてくれた記憶。
その中でこの槍はどのように扱われ、どのように永い年月を過ごしてきたのかをテールは知った。
四人分の記憶を見て研ぎかたを理解するのは少し大変だったが、彼らは共通の目的を持っていたように思う。
それは何か。
「信念……!」
「……」
それが正しいと信じる心。
彼らはそれを貫き通していたように思う。
一番分かりやすかったのは和友の記憶だ。
土地を守るということは民を守るということ。
これが和友の信念だった。
土地が荒らされれば神より賜った穀物が荒らされてしまい、民に食わせる物がなくなってしまい、最終的には滅びる。
己の名声はそれらを守る過程で手に入ったに過ぎない。
それは名誉であり、喜ばしいことだと信じていたため、和友は息子の勝幸に向上心を持て、と教えていたのだ。
しかし勝幸は名声に興味はなかった。
彼は今ある幸せを守るために、隠れた刃となって己を作り続けていた。
そのために何が必要かと言えば、名声を得るということではなく家族、仲間、民、土地を守り続ける事。
そういう点では、和友の信念を受け継いでいた。
これが勝幸の信念。
勝幸はいざというときにのみ刃を抜き放ち、それ以外ではひっそりとする。
単に目立つのが苦手だったのかもしれないが、勝幸は生涯をかけて西形家を存続させ、生光流槍術継承して次に授けた。
その証が、一閃通し。
三代目継承者となった西形幸道は、皆を引っ張るリーダーだった。
先鋒が走らねば、後続はついてこない。
これが幸道の信念。
それは戦場だけではなく、政も同じであった。
上に立つ者は、強くなくてはならない。
それは腕っぷしだけではなく、もっと様々なことにたいして、強くあらなくてはならなかった。
幸道はそれが戦場に色濃く出ていたように思う。
あれを見れば、誰もが着いていきたくなる。
彼に任せれば、彼が作った道走れば、必ず良い方向へと動いていくはずだと、誰の目からも分かるような軌跡を作り上げた。
幸道がなぜそんなことができたのかと言うと、そう、信じていたからに他ならない。
このやり方が正しい。
誰も反論の余地を見出だすことが出来ない手法であるからこそ、幸道は皆がついてくる方法はこれだと、確信を持っていたのだ。
自分がそれを信じなければ、他人に影響を与えることなど、できるはずがない。
では、西形正和は?
一閃通しが見せてくれたのは魔物との一騎討のみ。
あとは会話だけで、それらしいものは見受けられなかったように思う。
生光流槍術としては未熟であり、騎乗時のみ先祖を越える力量を持っていたが、なによりまだまだ若くまともな戦場にはほとんど出ることがなかった。
短い人生の中で何が彼の信念になったのか。
──テールは理解していた。
それは……『継承』。
一閃通しは四代に渡って受け継がれてきた、長い歴史を持つ槍である。
それを受け継ぐ意味を、正和はどうしても考えなければならなかった。
ただ一家のしきたりだから、という理由で幸道はこの一閃通しを譲り渡したりはしなかっただろう。
しかし生光流槍術としてはまだ未熟だった彼に、何故譲ったのか。
テールは少し前のことを思い出した。
メルと西形正和が、リヴァスプロ王国にある木幕の屋敷で戦った時のことだ。
何度も何度も立ち向かったメルが、一度だけ両刃剣・ナテイラを地面に突き刺して杖にしたことがあった。
その時の彼の怒った様は、他のどんなことよりも許せないことだ、と言ったような凄味を持っていたと思う。
あの時は自分が使う武器を雑に扱うのを嫌っていたのだと思っていた。
だが正和は、ただ単に武器を大切にしていたわけではないということが今なら分かる。
一閃通しに見せてもらった最初の記憶。
あの時正和は本来、茶室で先代の話を祖父である幸道に聞かされたはずだ。
和友、勝幸、そして幸道。
西形正和は、その全員の信念を理解していた。
だからこそ、今まで一閃通しに込められた信念を、全て継承してやろう。
これが、西形正和の信念。
もしかしたら時間が経つにつれてこれは変わったのかもしれない。
だが若い彼は、先代の信念を背負った。
──想いを紡ぐ。
三代に渡って受け継がれた一閃通しの中には、それぞれの想いが眠っている。
その切っ先はなにを突いても欠けることはなく、一閃を通してしまう。
貫いても欠けぬように。
それが一閃通しの、研ぎ方。
『よく、分かったな。テール』
「僕そんなの背負ったっけ……? ま、まぁ間違ってはないかもしれないけども……」
やはり本人には自覚はなかった。
とはいえ、言われてみればその節はあったので、当てられて心の内が見透かされたような気がしていた。
だが実際に使われていた一閃通しは、その無意識に背負っていたものを知っていたらしい。
テールは振り返る。
一閃通しと、少し照れ臭そうにしている西形正和が、半透明になってゆっくり消えていっている。
周囲は既に夜になっており、月が浮いている。
やはり、相当な時間をかけたようだ。
「西形さん」
「ん?」
「今持ってる信念はなんですか?」
「信念を貫くことかな」
即答だった。
その回答は、生きている中で最も難しい選択だったように思う。
彼はすべてに対して真っすぐなのだ。
そのようにしか進めないし、進まない。
それが、西形正和。
『来世で会おう』
『世界が違うから来世とかないよ?』
『さすればその先で』
『そうだといいね~』
ふぁっ……と冷たい風が体を突き抜ける。
気付けばその手には……何も残っていなかった。




