15.23.最後の継承者
旗色が一気に悪くなっていく敵陣を見ながら、一閃通しはまた懐かしそうに笑っていた。
今まで彼が見せてくれていた記憶は、その当時の主が最も活躍した時のことなのだろう。
この戦いで幸道の名は天下に轟くようになり、恐れられる対象になった。
これより先の戦でも数々の功績を上げ、敵に回したくない男とされるようになる。
確かにあのような戦いぶりを見せられたら、もう二度と戦いたくはないと思うのは自然なのかもしれない。
此度の戦はもちろん快勝。
敵陣を完全に崩したことにより敗走兵が多く出てしまい、敵は陣形を整える間もなく崩されて敗北を期してしまった。
残念ながら総大将の首を取ることはできなかったが、逃げることに関しては向こうの方が一枚上手だったように思う。
殿がとにかく強かったのだ。
彼らが前線に出ていたのであれば、戦の結果は変わっていたかもしれない。
『むぅ……』
「……? どうしたんですか?」
『本来西形正和は、五代目の継承者となるはずだった』
「……あ、ああぁー……そういえば……」
西形正和の父親、幸和。
彼は槍術ではなく剣術の方に惹かれて一閃通しの継承を断ったどころか、生光流槍術も学びはしなかった。
実際は少し学んでいたのだが……彼は我慢ができるような人物ではなかったのだ。
一族の教え、継承を反故にするような者が現れるとは思わなかった、と一閃通しも嘆いている。
怒りというよりも、とにかく残念だという風に、彼はため息をついた。
『故に……正和は、継承にはまだ未熟であったのだ』
「そうなんですか?」
『幸道は既に歳を召しており、彼が有する知識をすべて教えられる時間はあまり残されていなかった。正和が神に許されし突きを繰り出す男になれるかどうか、この一閃通しも不安で仕方がなかったのだ』
確かに、正和が子供の頃の幸道は、既に年老いていたように思う。
若くして一閃通しを継承したため、その実力は他の年上の門下生に比べればやはり劣っていたらしい。
だが西形は……騎馬術に秀でていた。
幸道が教えたことをすべて理解し、感覚をすぐに掴んで槍を振るえるまでになった。
普通の馬と、幸道の愛馬である金剛丸に乗った時の違いを一発で看破し、互いが支え合わなければならないことを悟りもしていた。
それから馬の世話に精を出すようになり、走らせるついでの騎馬術の鍛錬も行った。
そのおかげで……騎乗中であれば幸道とほぼ同じことができるようになったのだ。
『……いや、騎馬術に関しては、幸道すら超えていたか』
「あ、あれを……?」
『己より体躯の大きな相手に対し、正和は二度も勝利した。見てみるがいい』
景色が一気に暗くなった。
その瞬間ゾォッ……とおぞけ立ち、鳥肌が立つ。
悪意の塊がこちらにぶつかってくるような感覚が、テールにぶつかってきたのだ。
それは、一体何なのか。
すると一閃通しが一点を指さす。
そちらの方向を見てみれば……西形正和がテールが住む世界のレッドウルフに跨り、巨大な敵に突っ込んでいる姿があった。
敵は、魔物。
全身を甲冑で包んだ馬が大地を抉りながら突っ走り、その背に乗っている魔物は巨大な槍を手に持って振り回しながら西形に近づいている。
間合いに入る数瞬前、レッドウルフが跳躍。
相手の攻撃を回避し、自分より高い位置にある相手の首に手が届く距離まで、西形は近づいて一気に突きを繰り出した。
ポーーーーンッ……と飛んでいった敵の首。
それがゴッと落ちた瞬間後方から大きな歓声が上がった。
西形が乗っているのは馬ではないが、それでもよかった。
適応力。
それが西形の一番の強みであった。
どんな状況であっても突きを繰り出すのに一番最適な状況を作り出す。
足場が悪くても、怪我をしていても、味方が矢に射抜かれても、この一閃通しは突くことに関しては一切の妥協を許さない。
それを一番許さないのは槍ではなく、槍を手に握る本人だ。
テールは魔物と西形正和が戦っている姿を見て、まさか……と思いながら一閃通しを見る。
「……こ、この戦いって……!」
『六百年前の魔王軍との戦だ。ローデン要塞決戦……と、されているのだったか?』
「よく……知ってますね」
周囲から突き刺さるような殺意が向けられている。
悪意の塊、魔物の瘴気……様々な物が混じっており、テールはここにいるだけで息が詰まりそうだった。
だがこの時代の人間たちは、これを物ともしていないらしい。
やはり過去の人たちは、今の人たちより強かったのだということがこれだけで証明できる。
そしてここは魔族領から最も近い土地。
今も残っている場所で、相変わらず魔族領から来る魔物を撃退し続けているのだとか。
ここに、辻間の武器が眠っている。
なので魔族領に行くことは確定しており、テールはこの重圧に耐えられるか不安であった。
昔とは違うだろうが……その息吹は今もなお残っていいる可能性が高い。
『さて、テール』
一閃通しはこちらに視線を向けないまま、テールの名前を呼んだ。
『研げるか?』
彼が記憶している、継承者たちの一番活躍した場面を、テールに見せ続けてきた。
これで大丈夫なのだろうか、という不安を未だに残しているようだが……。
テールは一閃通しを見ながら、すぐに頷く。
「大丈夫です」
『そうか。では、頼む』
ただそれだけを言い残すと、視界がゆっくり光に染まって元の世界へと戻ってくる。
目が覚めたことに気付いた西形正和が何かを口にしようとしたが、テールの表情を見てすぐに口を噤んだ。
刃を持つ手を今一度整え、テールはスッ……と動かした。




