15.19.生光流道場
広い道場に数名の門下生と思わしき人物が、先端に丸い玉が付いた棒を握って構えを取っている。
だが彼らはその場から動かない。
それが稽古法であるらしく、ただ一点を見つめて静止していた。
彼らを上手から眺めているのは、明らかに老けた和友だった。
しかし彼の面影は若いまま残っていたので、テールはすぐに和友だと判別できた。
しんっ……と静まり返った道場で、和友が手を叩く。
その瞬間、門下生が一斉に突きを繰り出した。
『『『『破っ!!』』』』
パァンッ!!
すり足から弾くように床を叩いて鳴らし、腕を伸ばして鋭く突く。
彼らはこの道場の中でも精鋭たちであるらしく、その一突きで彼らがどれ程の実力を持っているのかがよく分かった。
その中で一人、若い和友によく似ている男は特に鋭い突きを繰り出しており、一瞬大将首を取った和友が再び現れたような錯覚に陥る。
一突きを繰り出したあとは、静かに残身を残して構えを解く。
それと同時に汗がどっと吹き出し、数名は息を切らした。
「うむ。……む?」
「あっ」
和友と目が合ってしまった。
テールがいる所は、どうやら道場の出入り口である様だ。
外から見ている形になっていた様で、稽古が終わったと同時に和友が気配を感じてこちらに振り向いたらしい。
さて、ここで一つ問題が発生する。
テールが和友に出会ったのは彼が若い頃だ。
しかし一閃通しに未来へと飛ばされてしまい、和友は歳を取って今目の前に現れている。
だがテールの姿は変わっていない。
和友からすると、テールは一切歳を取らずにこの場に現れたということになる。
これはどうなるんだ。
そう警戒していたテールだったが、和友はにこりと笑って声を掛けてきた。
「幸道」
「叔父上!」
「……えっ?」
テールの真横から、小さな子供がテテテテーと走って通り過ぎていく。
男の子はそのまま和友へと走って行き、ダイブするようにして飛びついた。
「おおっとと! はっはっはっは、もう少し静かに来ぬか」
「幸道……また道場に……」
「まぁ良いではないか勝幸よ。こうした癒しも必要だ」
「父上は幸道を甘やかしてばかりではありませぬか。一閃通しをこの勝幸に授けて以来、随分ぬるくなったのではありませぬか?」
「今まで重い枷を背負っていたのだ。肩が軽くなれば、自ずと気も緩む」
「当主がそれでどうします……」
道場着の帯を今一度キュッと締め直した勝幸は、前髪をかき上げた。
その姿は若かりし頃の和友と瓜二つであり、厳格さを残した若々しい顔立ちをしている。
ほっそりとした頬に少しばかり太い眉。
父親である和友の特徴を色濃く受け継いでいる様だ。
勝幸は困ったようにため息をつく。
こうして幸道がここに来る度、稽古が一度中断されてしまうのだ。
他の門下生は可愛らしい子供を見て和やかな顔をしながら、休憩できることを喜んでいた。
彼らも子持ちであるため、和友が孫を愛でる気持ちはよく分かる。
勝幸からすれば、自分の子供がここに来て邪魔をしているという認識なので、相当困っているようではあったが、やはり子供なのであまり理解してくれない。
「まぁまぁ勝幸様。皆が次を担う子供を守るためにこの場に集っておるのですから、邪険にしてはなりますまいよ?」
「お前らは人のことだからそう言えるのだ……」
「はははは、確かに、そうやもしれませぬなぁ」
「うおっ……! 五山殿!」
彼らの会話に、途中から入ってきたのは和友と共に戦っていたあの五山だった。
道場の入り口からのそのそと歩いて来る。
どうやら彼が幸道をここに連れて来たようだ。
だが子供ゆえに走り回り、置いていかれたというところだろうか。
歳をとった五山は立派な顎ひげを蓄えており、それを撫でながら道場に入ってくる。
筋肉質ではない体質は今も変わっていないようだが、テールは彼の底力を知っているため、あれは見せかけだと把握していた。
そして大きな太刀を背に掛けている。
あの時折れた大きな日本刀は、少し形を変えて彼の腰に収まっている様だ。
「おお、五山。どうしたこのような所まで」
「幸道様に捕まってしまいましてな。無理矢理」
「これ幸道! またそのようなことをしていたのか~?」
「みなが一緒の方がよいではありませぬか!」
「それはそうだ! くはははははは!!」
わしゃわしゃっと頭を撫で繰り回されるが、幸道はされるがままとなっていた。
周りの者たちも納得したように頷く、その光景を見て笑っている。
「……今回は僕の姿、見えてないんだ……」
『この一閃通しが好きにしている。体験させた方が良い事柄には干渉させているに過ぎん』
「そんなことできるんですね」
『して、見よ。あの次の主を。技量は確かにある男だった。されど、意気込みが足りぬ男でもあった』
そう言い、一閃通しはため息をつく。
和友の息子、西形勝幸。
彼は確かに和友の技術を盗み、自分の物にして既にその名を方々に轟かせる程の実力を持っていた。
しかし持っていただけであり、実際に名前は天下に轟かなかったのだ。
確かに和友が成した功績に比べれば、どの様なことも些細なことになってしまうかもしれない。
だが過去は過去。
廃れていくものであり『流石和友の息子だな』と言わしめるほどの事柄は幾らでも転がっていたはずだった。
一閃通しが覚えている限り、チャンスは確かに多かったはずだ。
しかし……勝幸はそんなことに興味はあまりなかったらしい。
「そうなんですね……。嫌だったんですか? 主が有名にならないのは」
『否』
一閃通しは、即答した。




