15.6.大喧嘩
ふと目を開けてみると、そこはまたしても庭だった。
周囲に西形の姿はないようだが、この空間では、登場人物は自分を認知しない。
もう三度目なので慣れてしまった。
適当に散策するついでに、西形を探そう。
そう思っていると、ドダダダダっという足音が聞こえてきた。
明らかに怒気を含んでいる。
そちらの方に目線を向けていると、白髪の老人が現れた。
貫禄を宿した眼光は鋭く、非常に縦皺が多い。
ギッと障子を睨みつけるとスパンッと大きな音を立てて開け放ち、中に居るであろう人物に大声を上げる。
「幸和!! 貴様また清に剣術を教えていたな!!」
「またその話か!! 親父の考えは古いと何度言えばわかるんだ! 清は自ら強くなりこの家を支えると言っている! それを無下にしてはならんだろうが!」
「世間体を考えろと言うておるのだこのバカ息子が!」
雷のような大声が轟き、テールはぴゃっと飛び上がった。
あれは恐らく西形の父親と祖父だろう。
親子というだけあって声が大きいところはよく似ている。
しかし二つ揃うとまるで龍と虎。
いつ爆発してもおかしくない一触即発の状態が続き、大声で口喧嘩をし合っていた。
聞いているだけでこっちも怒られた気分になるのは何故なのか。
凄まじい怒声というのは声だけで委縮させる。
親子の間だからこそできる事なのかもしれないが……それにしても加減はまったくしていなさそうだな、とテールは木の陰からこっそり見ながらそう思った。
「わぁ……叔父上怖い……」
「うぇ?」
こっそり覗いていると、テールの足元からこっそり覗く幼い子供がいた。
いつの間に……と思って避けようとしたが、脚をぎゅっと掴まれてしまう。
「……え?」
「ここにいて……」
「……え??」
──何かが違う。
灼灼岩金と守身番・十録が見せてくれた記憶とは、まったく違う何かがここにあった。
記憶であるはずの映像が、テールを認識している。
この子供はテールの足をしっかりと掴んでおり、更に声までかけてきたのだ。
なにが起こっているのか、混乱する頭では理解できていなかったが、それでもここに居続けるのはマズいということだけは直感的に理解できた。
記憶がテールを認識しているのであれば、この子供に限らず、喧嘩をしている二人にも発見されてしまう可能性があった。
現状を知る為にもまずは離れるべきだとはわかっているのだが、子供が離してくれそうにない。
無理に引っぺがすのも心が痛むし、とりあえず一緒に隠れて向こうの様子を見守ることにした。
ここにいる間は、発見されることはないだろう。
「ええい、もうよいわ!! 槍術を嫌い剣を学ぶのみならず女に剣を教えるとは……。どこで育て方を間違ったのか!」
「古臭い考えだと何度言えばわかるんだ!」
「やかましい! もうお前に何を話しても意味はないと悟ったわ! しかし正和だけには槍術を叩き込む! 他は好きにせい!」
シパァンッ!!
力強く閉めた障子の向こうから何かまだ叫んでいたが、最後には静かになったようだ。
大きな、本当に大きなため息を吐いて、老人は頭を掻いた。
一度落ち着いたからか、周囲を見渡す余裕が生まれ、テールの隣りにいる子供を発見したらしい。
バツの悪い顔をしながら縁側から降り、こちらに向かってくる。
(やばいやばいやばい)
子供の背を押して少し強引に引きはがし、テールはもう一つ隣りの木の陰に逃げて身を隠す。
名残惜しそうに手をこちらに向けていた子供だったが、老人が来たことにより顔をそちらへ向けた。
「正和、驚いたな。すまんすまん」
「叔父上、怖かった」
「戦場ではあれくらいがよいのだよ」
先ほどとは打って変わって柔和な表情になった老人は、子供の頭を優しく撫でる。
(正和……ってことはあれが西形さんか!)
幼い西形正和。
あんなにかわいい子供がああなるのかぁー、と感慨深く思っていると、老人が一つ息を吐いてしゃがみ込む。
「正和。お前は槍術と剣術、どちらを学びたい?」
先ほどの喧嘩の内容から、その問いを西形正和にするとは少し予想外だった。
てっきり強制的に槍術への道を究めさせるものだと思っていたのだが、やはり相手の意見は尊重する様だ。
正和は少し悩む素振りを見せたが、すぐに返答した。
「槍です! 叔父上かっこいいから!」
「ほっほっほっほ。そうかぁ……!」
「それに、僕はあんなに重い刀、二つも持てないから」
「自分のことをよく分かっているな。自らのことを理解するのは難しいが、理解すれば次に進める。よい事だ」
そう言って優しく頭を撫でる。
孫に対してはとにかく優しい様だ。
──が。
彼は神に許された突きを繰り出すと言われた男だ。
そんな男が……もう一人の人物に気付かないはずがなかった。
「そこにいるのは誰だ?」
(やばーーーーーー!!!!)




