15.4.解体場
魔物や動物の解体場所にやってきたテールは、鼻を突くような臭いに吐き気を催した。
内臓などもここで処理しているようで、一部異臭を放っている。
狩猟した時に内臓だけ出せばいいのに……と思いながら口元を押さえてメルたちについていく。
メルたちが狩ってきた獲物は、しっかりと内臓が抜き取られている。
アイニィの持っている鳥は例外だが。
あれは心臓や肝などが美味らしいので、解体するまで生かしておくのだとか。
テールの記憶ではアイニィが持っていた鳥は既にこと切れていたように思うのだが……。
そのことについては黙っておいた。
「ここ借りていい~?」
「ええぞー!」
「よーっし」
周りにいる人達に許可を取り、持ってきた獲物を解体場の作業台に置く。
とはいえ、ここは即席の解体場所だ。
廃材から比較的綺麗な板を何枚か見繕って、それに脚を付けただけの簡単な物。
屋根もなく青空の下での作業となっている。
前まではしっかりした小屋に合わせて、要らない臓器の焼却場なども設けられていたのだが、今では見る影もない。
とはいえ冒険者や狩人たちはそんなことを一切気にする様子はなく、手際よく解体を行っていた。
「「せーの!!」」
ズンッ!
メルとコレイアが持って来た狼を作業台に無理やり乗せる。
ここに運んでくるだけで結構な労力だったらしく、肩で息をして汗を拭っていた。
「テール君はこっちかな」
「了解です」
ナルファムに指示されて、作業できる場所に向かう。
とりあえずメルとコレイアが持っていた短剣を拝借し、それをすぐに研いでしまった。
二人は息を整える余裕はあるだろうと思っていたらしいのだが、予想よりも早く短剣を返却されたことに目を瞠る。
「やっぱり早くない……? 二本だよ?」
「そうかな? でも出来ちゃったし……」
「仕事が早いのはいい事だけどねー。でもほんとに切れるのかな?」
少し意地悪な笑みを浮かべて、コレイアが短剣を使って狼の毛皮を剥ぐために短剣を入れた。
するとススーッと短剣が走り、簡単に毛皮を切ることができた。
驚きつつ呆れた表情を浮かべた後、いつもの調子で短剣を扱って毛皮を剥いでいくと、想像よりも早い段階で終わってしまう。
しかし、いつもより剥いだ毛皮はぼろかった。
コレイアは解体作業の中で毛皮を剥ぐことを最も得意とする。
なので今までずっと綺麗に剥ぐことができていたのだが、今回はいつもより明らかにぼろくなっていた。
「……切れすぎ……」
「あ、そうだった。毛皮とかは少し切れない短剣の方がいいんだった……」
久しぶりに研いだのですっかり忘れていた。
切れ味というのも、良かったら良かったで悪いことも少しある。
コレイアが担当した毛皮だが、これでは売り物にならなさそうだ。
しかし小さなポーチを作るくらいの面積は辛うじて残っている。
革細工師と相談だな、と呟いてからなめす作業に移るため毛皮と持って違う場所へ移動していった。
残されたメルとアイニィは、腕まくりをして気合を入れる。
テールに研いでもらった短剣を握り、丁寧に突き立てた。
肉の大きな部位をまずは切り取って行き、腕や脚をばらしていく。
手際はいつもより早いようで、短剣の切れ味も一切落ちることなくすべての作業を完了させた。
あとはこれを料理人に任せるだけだ。
それを燻製にする部位も選別し、アイニィが燻製場所へとそれを持っていく。
残った肉や骨はメルが担当し、適切に処置してまとめた。
これで作業は終了だ。
「ふぅ!」
「お疲れ様」
「短剣が切れるとやっぱり違うね! 作業がとっても楽だった!」
「でしょ?」
「凄いわね~。あとから来たのに前からやってる人より早く終わっちゃった」
ナルファムの言う通り、確かに周りを見てみると作業している人の顔ぶれがそこまで変わっていない。
やはり解体用のナイフや短剣などが切れると、作業がとても楽になる。
ではそろそろ、仕事をしようと思う。
ナルファムに目配せをすると、意図が伝わったようでコクリを頷いてくれた。
「皆~。切れないナイフとか短剣があったら持って来てー。テール君がただで研いでくれるわよー」
「テール? 磨き屋あいつか」
「おおーまじか! またあんな奴らが出てきたら困るからよ! 俺の頼むわ!」
「もう出てこねぇだろ……」
「私のもお願いねー」
「おわわわ……結構来た……」
一人がノリノリで近づいて短剣を手渡すと、それに続いて少し悩んでいた人も持ってくる。
前線に出て戦っていた冒険者たちは研ぎ師が研いだ剣で助かったということを身をもって知っているので、待ってましたと言わんばかりに自分の愛用している武器も研いでもらおうと頼み込んでいる人もいた。
さすがに今回は解体用のナイフだけの厳選し、また今度という約束をして今回ばかりは断ったが、テールはようやく認められたことが実感できたような気がして、口角が上がるのを抑えきれていない。
笑いながら接客し、すぐに研いで手渡す。
あまりの早さに少し疑いを持った人物もいたが、使えばその考えが即座に払拭された。
「すげぇー……」
「めっちゃ楽だなこれ。解体楽しいわ」
どうやらすこぶる好評のようだ。
それに満足しながら、次に手渡されたナイフを研ぐ。
これを繰り返しているうちにもう研ぐナイフがなくなってしまったようなので、ひと段落したと思って大きく息を吐く。
解体が終わった人は骨の処理や肉の運搬をするので、次第にここから人が居なくなっていく。
最後にテールに礼を言って移動する人もいた。
役に立てていることが実感できる、いい時間だったように思う。
「ふぅー」
『『結構研いでたけど大丈夫?』』
「うん、まだまだ余裕」
「あ、武器と喋ってる」
「えへへ。僕の特権。結構不満がある短剣ばかりだったかな? 洗ってほしい、研いでほしい、手入れして欲しい……うん、結構あった」
『『手入れしないとかありえないんだけどなぁ普通』』
『まぁ、まぁこの世のことですから。お気になさらず』
『『気になるだろー』』
日本刀たちが話している内容をメルに伝えながら、二人で笑い合う。
武器に囲まれているだけで、テールの周りは賑やかだった。
それを共有できるのは今のところメルだけだが、それが特別感を感じられてなんだがとても心地が良い。
ジャッ。
後ろから足音が聞こえたので、振り返る。
するとそこには木幕とレミが居た。
珍しくレミが真剣な表情をしていたので、何かあるんだと思って背を正す。
「テール」
「はい、なんですか?」
「一人、頼めるか」




