15.1.Side-アディリダス-軌道に乗った復興作業
カツン、カツン、とわざとらしく音を立てながら、誰かが城の廊下を歩いていた。
ここで過ごしている者もずいぶん減ってしまい、昔なら歩くだけで頭を下げる者が多かったが今は復興作業に追われてそんな余裕すらなさそうだ。
罅だらけの壁、割れた窓、落ちてしまった絵画やシャンデリア。
どれもかれもが高級な物ばかりだったが、こうして壊れてしまうと途端に邪魔なものに感じる。
これらがどれだけ高級な物でも、壊れてしまえばその価値を一気に急落させる様だ。
これなら見栄えなど気にせず、もっとシンプルな物を設置し、豪華そうに見せるのは壁紙や絨毯だけでいいような気もしてきた。
他の貴族が同じ考えとは限らないが……今この国でこんなものを持っていたとしても、本当に何の価値にもならない。
地震の影響で城にも大きな被害が出ていた。
ここのことより街のことを優先的にさせているせいで、掃除すら終わっていない有様だ。
住み込みの使用人などが毎日片付けに追われているが、大きなゴミを捨てるとなるとやはり人手が足らず作業が遅れてしまっている様だ。
ガラス片だけは早々に始末してもらっているが、他は手つかずなものが多い。
割れた窓に近づいて足を止め、外を眺めた。
そこからは城下が一望でき、今も尚復興作業に明け暮れている国民の姿が見て取れる。
あれだけの絶望的な状況を味わったのに、彼らは立ち直って戦いに赴いた。
勇気ある者がいたからこそ、この国は守られたと言っても過言ではない。
仙人が来て状況は本当に大きく一変したが、彼らだけのお陰でこの国が守られたというわけではないだろう。
少なからず、力のない国民たちが手を取り合って、大きな力を生み出した。
それがあったからこそ、化け物の襲撃を耐え、そして仙人が来てくれるまで耐え抜くことができたのだ。
「……ふぅ」
重たい瞼を擦って意識を覚醒させる。
アディリダスはあれからほとんど眠っていなかった。
行商人への交渉ルートを開拓し、友好関係にある近隣諸国への援助の要請、復興に必要な資源、食料、生活基盤の再構築、援助が必要な国民への現物支給など、とにかく毎日激務に追われていた。
今は使えないが太古からある人間の取り決め、金を使うことによって国民たちの業務への士気は未だに健在だ。
貰えるのと貰えないのでは、やはりやる気が違う。
まだまだ復興への足掛かりをつかんだ段階ではあるが、こうして給与を支払える環境まで取り戻せたことをまずは喜んだ方がいいだろう。
しかし、これで軌道に乗ったはずだ。
これから目に見えてこの国は元の姿……いや、新しい姿へと変わっていくだろう。
ほとんどの建物が倒壊して見る影もない物が未だに多いが、それでも国民たちの希望は残っている。
こんな状況になってまでこの国に留まっているのだから、そのはずだ。
悪い事ばかりではない。
「あと、どれくらいで終わるかな……」
「復興ですか?」
「おや」
凛とした声で、話しかけられた。
そちらの方を見やれば背は少し小柄だが、未だに美しさを保ち続けている女性がいた。
傍らにはメイドを二人控えさせている様だ。
一人は柔らか気な表情を絶やさない完全な世話係で、もう一人は少し目つきがきついが清楚で真面目な佇まいをした護衛を担当するメイドだろう。
アディリダスは軽く一礼する。
「母上、こんな時に出てこられて大丈夫ですか?」
「何もしていないというのは、やはり何か心苦しくて。アディも寝ていないんでしょう? なにかできることはないかしら」
「そのお気遣いだけで充分ですよ」
「そうかしら……」
片頬に手を当てて、少し困った表情を浮かべる。
アディリダスの母、クリスティナ・ロア・ノースレッジ。
このように外に興味を持つことは今までなかったので、少し驚いてしまったが彼女にできることはやはりない。
国の顔として安全に過ごしてもらっているだけでいいと、アディリダスは考えていた。
しかし気を回すことができる余力が戻ってきたというのは、喜ばしい事だ。
つい先日までは周囲の事など気にもかけられなかったのだから。
この国が復興の軌道に乗ったことの更なる証拠だ。
「それで……仙人様はいつまでここに居られるのかしら? そう長くはないんでしょう?」
「……以前仙人様を迎え入れる準備をしていた時は、来たら帰さないといった様子でしたのに」
「そんな余裕はさすがにないわ」
「ごもっとも。しかし、もう暫くはここにいてくれるそうです。約束を一つしてしまったので、それだけは何としても果たさなければなりませんがね」
「約束?」
コクリ、と頷きながら外を見る。
磨き屋……もとい、研ぎ師テールの家を何処に建てるか。
今もそれを悩み続けていた。
さすがに貴族街に作る訳にはいかないし、かといって職人たちが集まる地区に作れば鍛冶師たちとまたいざこざが起こるかもしれない。
研ぎは比較的静かな作業なので居住区の中でも問題はないだろう。
とはいえまだ街がある程度復興しなければ、正確な位置を考えるのは難しそうだ。
しばらく後になるな、と思いながら計画の段取りだけは考えておく。
家の中に仕事場を作ってやるのがいいと思うので、設計はカルロにこっそり聞いておくつもりだ。
テールの驚く顔が早く見たい。
そんなことを考えているとツン、とクリスティナに腕をつつかれた。
「何か悪だくみを考えてますね?」
「ええ? はははは、いやいやそんなことはありませんよ」
「嘘おっしゃい。女の勘を侮ってはいけませんよ」
「悪だくみではなく、サプライズですね」
「あら、面白そう。混ぜなさい」
「母上が入ると話がこじれそうなのですが……」
「むっ」
これ以上話をしていると無理矢理参入させられそうだ。
そう思って踵を返した瞬間、ガッと腕を掴まれてしまった。
「面白そうなので混ぜなさい」
「……ええ……」
これは逃げられないな、と思い肩を竦める。
余計なことを言うんじゃなかった、と少し後悔したのだった。




