14.22.守身番・十録の研ぎ方
守身番・十録。
この刀は身を守るために、護身用の武器として番傘に隠されている刀だった。
十番目に作られた仕込み刀。
あとの九つの仕込み刀は、番傘屋のお爺さんが気に入った人に手渡していったのだろう。
それを正当な理由で使った者がいるかどうかはさすがに分からない。
そこまでの先見の明を持っている人物は、本当に一握り、もしくは五本の指に数えられるくらいしか会うことはないだろう。
仕込み刀だけで真剣勝負に勝てる人物はほぼいない。
それこそ相当な技量を持っていない限り。
だから仕込み刀とは咄嗟に抜き放ち、迫りくる脅威を排除することの方が目的として近い。
いつも隠すように持ち歩いている物であり、傍から見れば護身具を持っているとは誰も気付かないだろう。
このように守身番・十録は、確かに戦闘に特化した武器ではない。
だからこそ身を隠し、ここぞという時のために使う。
これが彼女の正しい使い方であるはずだ。
それを、鎮身はしっかり再現していた。
久吉を回収しに来た男との戦闘。
あれこそ本当の仕込み刀の使い方であった。
普通の日本刀よりも軽くて扱いやすいが、細くて相手の刃を受け流す、受けることは不得意としている。
しかしその手数の多さこそ、この仕込み刀の真骨頂。
一度も鍛錬をしたことがない鎮身でも、これだけは平然と扱うことができた。
鎮身は、確かに仕込み刀として正しい使い方をしたように思える。
だがやはり救い手として人を殺めてしまうことがどういうことなのか、分からないはずがない。
身を守らなければ救える人を救うことはできない。
だからといって、自らが人の命を奪ってしまってよかったのだろうか。
この考えが、彼の中でずっと付きまとっていたのだと思う。
考えないようにするためか『自らを守らなければ、救える人を救えなくなる』とこの行為に正当性を見出して今まで過ごしてきた。
しかしこれで本当にいいのか。
どこかで引っ掛かりを覚え、鎮身は今まで静かに悩んでいたのだ。
誰にも悟られることなく、静かに、どうすればよかったのか、この血に濡れた手は洗い流せるのか、はたまた救い手としてこれでいいのか。
考えても考えても、やはり一つの頭でこの答えを見出すのは難しい。
かと言って鎮身は当時、人を殺したことがあることを誰にも明かしてはいなかった。
山賊が襲ってきた時は皆が手を汚してしまった為にそこまで大きな話題にはならなかったが……あの時、確かに自分の意思で人を殺めてしまった。
守らなければならない。
この脅迫概念に近い言葉が、鎮身の中に張り付いていたのだ。
自分に戦える力があると知ってしまったがゆえに、自ら刃を手に取った。
その時に救えた人物は、確かに多い。
村人も大変感謝していたし、更には村を守るために強くなろうと言い出す若者も現れた。
村全体としてみればよかったことしかない。
しかし鎮身のこれでいいのか、という想いは、常に残り続けていた。
「それでいいんです」
ぽつり、とテールは呟いた。
一人だけで考え、一人だけで悩んでいて正解が見つかるわけがない。
だからこそ、誰も共感してくれなかったのだ。
鎮身の人生を見て、テールは何が悪いんだろうか、と思っていた。
確かに彼は医者だ。
医者が自らの手を汚すのはあってはならないと、誰が決めた?
そんな綺麗ごとを述べることができるのは“今まで苦難に立ち向かったことがない者”の言葉だ。
実際に襲われたことがあるのだろうか。
実際に人が、人の手で目の前で死ぬところを目撃したことがあるのだろうか。
守られてばかりで、安全にぬくぬくと生ぬるい環境で過ごしてきた者だからそんなことが言えるのだ。
人道的にそれはどうなのか。
それはどうなのか、とはどういうことなのだ?
テールには分からない。
人が人生を歩む過程で、常に平和な環境を整えられる筈がない。
この世界でもそれは同じだ。
確かに医者は大きな国の中に居ることが多いし、王族お抱えの高名な医者だという人物も存在する。
だが彼らが人の死に直面するのは、ベッドの上だけだ。
守らなければならない現状に直面する機会など、安全な場所で過ごしている内は一度だってないだろう!!
守るために刃を抜く!
それこそがこの仕込み刀に込められた想いであり、正しい使い方だ。
だから守身番・十録は氷輪御殿のような性格には陥っていない。
鎮身が大切に、正しい使い方をしたからこそ、彼女という人格が形成されて今に至るのだ。
それでいい。
それでいいのだ、守身番・十録。
それで間違っていないのだ、鎮身長安。
守身番・十録はこのままの形で研ぐ。
ただ刀身を美しく仕上げるだけで、刃の鋭さは以前と変わらないまま……。
これが、彼女の研ぎ方であり、鎮身の悩んでいた問題の、答えだ。
「ああ、これで……良かったのですな」
「そうですよ、鎮身さん!」
テールの背から、二人の声が聞こえた。
だが、それだけ。
振り返ってみれば誰もおらず、いつの間にか手の中から守身番・十録も消えていた。




