14.19.予測
男の言葉に、鎮身は反応した。
守銭奴の薬師と高利貸しが繋がっているということは知っている。
しかしそれらが事を起こしているとなれば、そう簡単に無視できるような問題ではない。
だが確証はなかった。
この男も恐らくはただの予測。
とはいえ何故そう思ったのか、聞かないわけにもいかないだろう。
あとで治療した患者が目を覚ませば何か分かるかもしれないが、まずはこちらの話を聞くことにした。
「どうしてそう思われたのですかな?」
「い、いや……。言いたかないけど……先生がここで商売しちゃ、向こうは上がったりになるでしょう? だから……怪我人作ってんじゃねぇかなって……思っただけで……」
「一理あるな」
大澄が頷く。
確かに鎮身がここで診療をし始めれば、確実に向こうには客が来なくなるだろう。
なにせ治療費が段違いなのだ。
どれ程の技量を持っているのかは流石に分からないが、ここまで民に嫌悪されているのだし、意味のない薬を処方するとの事なので期待はしていない。
なので先ほど鎮身が治療した男も、治療できないのではないだろう、と大澄は若干思っていた。
だが……一理あるとはいえ、彼の考えは少し早計だ。
今ここでこの事件の犯人は奴らだ、と決めつけるのには早すぎる。
目を付けられたのであれば何かされることを覚悟していたのではあるが、これがそうだとも言い切れない。
鎮身は小さく首を横に振る。
「一理も何もありませぬ。敵に回しやすい者たちをそうして挙げるのは簡単でしょう。されど真実はそうではないやもしれませぬ。今は何も分かっておりませぬ故、冷静に判断いたしましょう。今の話は、外部に漏らさぬよう。いいですな」
「は、はい……」
確証が何一つ得られない今は、とにかく一人の人間の命を救えたことを喜んでいた方がいいだろう。
もしかしたら下手人を見ているかもしれないので、彼から聞ける事は何よりも重要だ。
暫く看病しなければならないが、それくらいであればできる。
しかしこれは、村に帰るのがしばらく後になりそうだな、と鎮身は思って嘆息する。
男を帰し、鎮身たちは再び患者の診療を行い始めた。
しばらく待たせてしまったのを詫びつつ、丁寧に進めていく。
並んでいる患者を全員診療し終わった時には、既に日が落ちていて月が昇っていた。
朝からずっと昇っていた月だ。
黄昏の夕日が街を照らしている。
一つ息をついて、水を飲む。
持ってきた薬箱には、もうほとんど材料が入っていなかった。
これは一度帰らなければ、次の診療ができそうにない。
「ふぅむ……どういたしますかなぁ……」
「久吉に取ってきてもらえばいいんじゃねぇか? 場所と種類はもう分かってんだろ?」
「知識は充分ですが、一人で歩かせるには不安が付きまといまする」
「俺が連れてくか?」
「方向音痴が何を言うのですか」
「う」
大澄をついていかせるくらいであれば、久吉一人で帰らせた方がまだマシだ。
しかし何かあってはいけない。
結局怪我人が目覚めるのを待つことにして、もう暫く番傘屋のお爺さんの家に泊まらせてもらうことが決定した。
鎮身は今日診療した人たちの症状を思い出しながら、帰ったらやらなければならないことを頭の中に記憶していく。
薬の調合や薬草の採取。
しかし自宅で育てている分だけではさすがに賄えなくなってきそうだ。
どこかで購入することも検討しておいた方がいいだろう。
この辺のことに一番詳しい、番傘屋のお爺さんに話を聞く。
「何処かに薬や薬草を購入できる場所はありますかな」
「万屋だな。頼めば仕入れてくれるが……先生が取る治療費だけじゃ、全員分を賄うことは無理だぞ」
「そうでしょうなぁ」
生活に問題ないほどしか貰っていないので、薬草などを購入する余裕は持っていない。
今までは村で生活しながら薬草を集めるだけだったのでそれで良かったのだが、大きな街に出て診療するとなるとそうも言っていられなさそうだ。
少し考えなければならないな、と思いながらもう一度水を口に含む。
テールの隣りにいた鎮身が、懐かしそうに喉を鳴らした。
「この時は……なにも考えておりませんでしたなぁ。なにせ人がここまで集まるとは思ってもみませんでした故」
「でも、皆さん喜んでますね」
「それはもう。あとは元気になってくれればよいのですがね」
「それで……怪我をした人はどうなったんですか?」
「二日後に目を覚ましましたな」
景色が変わると、怪我をした男性が上半身に包帯を巻きつけた状態で上体を起こしていた。
痛むようで苦悶の表情を張り付けていたが、そこですぐに鎮身と久吉が駆け寄って支える。
「大丈夫?」
「いぢぢぢ……」
「無理はいけませぬ。楽な体勢で」
「す、すまん……」
結局体を起こし続けることは不可能だったらしく、大人しくまた仰向けになった。
二日目覚めないことに不安を感じていたが、どうやら知らない間に峠を越えていたようだ。
そのことに安堵しながら、容態を聞く。
まだ背中は痛むが、それだけとの事。
熱を持つこともなく、一瞬ではあったが上体を起こせる程に回復しているので、あとは自然治癒に任せていればすぐに良くなってくれるだろう。
すると腹の虫が聞こえてきた。
二日も寝ていたのだから無理もないだろう。
久吉に大澄と一緒に何か活力のある物を買ってくるように言いつけた後、鎮身は腰を下ろして対面する。
「ご自身の身に何が起きたか、覚えておられますかな?」
「……ええーっと……。あ、そうか……斬られたのか……」
「ふむ、頭は打ちつけておりませぬし、そこは問題ないようですな。それで、その時の話を聞かせてくれませぬかな」
「二人いた……。俺が刀を抜こうとしたところで……後ろからばっさりだ。……あれ、俺の刀は?」
「? 持っておられませんでしたな」
あの時は、血の匂いしかしなかった。
日本刀の鉄の匂いは大澄からしかしておらず、その場にはほかに日本刀はなかったはずだ。
下手人に回収されてしまったのだろうか?
男は刀がなくなっていることにショックを受けたようだ。
頭を抱えると背中が曲がり、痛みを思い出して背を伸ばす。
「イヅッ……くそ、なんてこった……」
「命あっての物種。今は生きていることに喜びなされ」
「む、むぅ……そう、だな……」
「下手人の顔は覚えておりますか?」
「覚えてねぇが……やられる瞬間、なんか手掛かりをって思って……確かここに……」
男が懐をまさぐると、ふんどしに何かを隠していたようだった。
それは小さな布切れ。
和服の袂を引きちぎった様なものであるらしい。
「……! これは……」
「え、知っているのか?」
「……なるほど、そういうことですか……」
ただの布切れに見覚えはない、というより見ることはできない。
しかし鎮身は嗅覚が鋭かった。
一度会った人物の匂いというのは覚えやすいもので、大体覚えていられるものだ。
布切れの匂いには……怪我をした男を“運んできた男”の匂いがしたのだった。




