14.17.到着
久吉が走っていくと、景色が変わっていった。
次に映し出されたのは、番傘屋だ。
どうやら一週間を丸々吹っ飛ばしたらしい。
「朝ってことは、一日休んだ後ですか?」
「そうですな。この日は結構、大変でしたなぁ……」
鎮身が指差した方角には、確かに多くの人々が集まっていた。
先週来て、もう一度来るように言った患者の他に、新規と思われる者たちも多く居る。
今回は大怪我をした人の治療もできるように、道具を持ってきてはいるが、これは使わないように願うばかりだ。
前回の反省で一晩休んだので、仕事をする体力はしっかり残っている。
久吉もぐっすり眠って道中の疲れはすっかりなくなっているらしく、朝からきびきびとした動きで走り回っていた。
そして今回は大澄という男も隣にいる。
顔が怖いのでちょっとびっくりしている人たちもいるようだが、その豪快な性格を見て気を緩める人もいたようだ。
彼は曲がりなりにも武家の出。
学問はしっかりと行っていたらしく、勘定を計算するのが意外にも早かった。
なのでそちらを任せることにしたのだ。
日本刀を腰に携えているので物騒ではあったが……ここに来る患者は皆、守銭奴の薬師のことを知っていたため、彼が用心棒であることをすぐに見抜いたらしい。
誰も警戒することなく、列に並んで談笑をしたりしていた。
周りを見る限り、こちらを監視するような動きを見せている人物はいなさそうだ。
大澄は目でそれを確認し、鎮身は音を聞いて判断する。
とりあえずは、普通に業務を続ければ良さそうだ。
「ではお爺さん、宜しくお願いします」
「おうよ。で、吾六よ。迷惑かけてねぇだろうな」
「保証できねぇー」
「よくやってくれていますぞ」
「ほう、そうかい」
そう鎮身は言うのだが、番傘屋のお爺さんは未だに疑いの目を向けていた。
小さい頃の大澄を知っているからこそなのだろう。
確かに彼が小さい頃は、もっと落ち着きがなかっただろうというのは容易に想像がつく。
さて、と気合を入れた鎮身はまず一番手前の患者を呼んだ。
診療開始だ。
「さて、あれからどうですかな」
「……!? え、分かるのですか……? 僕が……」
「? ええ、もちろん。して手の様子はいかがですか、絵師殿」
「すごいですね……。あ、えっと、まだ完全にとはいきませんが、ちょっと良くなった気がします」
「それは良いですな。では引き続く塗り薬を。それと、極力手は使わぬように」
「分かりました」
「では二十文を。先週の倍、薬を出します故」
「はい!」
すると久吉がすぐにそれを持ってきた。
彼は薬を受け取って感謝の意を述べると、すぐに次の患者と交代する。
これの繰り返しだ。
しかし中には先週の薬の効果があまり感じられなかった、という人が数名いたらしく、そういう場合は再度診療してみてそれにあった薬を調合する。
調合に時間がかかってしまうが、その間に次の患者の容態を聞いてみる。
すぐに分かれば久吉が薬を取り出してそれを渡してくれた。
よくできた弟子だ、と褒めたいところではあったが今は余裕がない。
ひと段落したら甘味でも買おうか、と考えていると差し入れて羊羹が届けられる。
「あやや、なんと豪華な物を。気をつこうてもらわずともよいですに」
「いいのよ~! もーすっごいよくなったんだから! お礼ですよお礼」
「はははは、したらば休み時にでも頂きますな」
「ええ! またよろしくお願いいたしますね先生!」
「もちろんですとも」
一連のやり取りの後、差し入れをしてくれた女性は一礼して去っていった。
どうやらこれを渡すだめだけに並んでいたらしい。
律儀な人だと思いながら、それを番傘屋のお爺さんに託す。
「おい、これこの辺で有名な羊羹だぞ」
「本当にお高い物でしたか……。匂いでなんとなく分かってはおりましたが」
「こりゃ、そろそろ向こうも動きそうだな。おい吾六。警戒しとけよ」
「分かってるっての……。ああ、はいよ八文ね」
勘定をしながら周囲の警戒を行うのは意外と難しそうだ。
音を聞いているだけの鎮身はそうでもないのだが。
それからしばらくは普通に患者の容態を見ていった。
その間邪魔するような人はおらず、滞りなく朝の診療は終わりを告げる。
皆昼休みを取るために一度閉め、家の奥に入って休息をした。
「ようかん、でしたっけ。美味しそうですね」
「ええ、とても美味しいですぞ。ああ、そうか、君たちのいる世界ではないのですなぁ……」
「はい……どんな味なんです?」
「んー、こしあんを少し……」
「こしあん?」
「説明できませぬな」
聞いても理解できないことはテールでもなんとなく分かった。
早々に説明を諦めた鎮身に合わせて、再び景色へと目を向ける。
そこではすでに昼の診療が始まっていた様で、またひっきりなりに患者を捌いている最中だった。
どうやら今は新規の人が多いらしく、一人一人丁寧に診察している様だ。
「口を開けてくださいまし」
「あー」
「風邪ですな。熱もある。ご無理が体に来たのでしょうなぁ。しばらく安静にしておりなされ。生姜湯を飲みなれば温まりますぞ」
「わ、分かりましたぁ……」
「生姜くらいであれば自宅にありますかな。であればお代は入りませぬ」
「え!? っげほごほ!」
「驚かずとも……」
診療だけであればお代はは要らないというのが、鎮身のやり方だ。
薬草は家で育てているし、薬代を貰えばそれだけで利益になる。
村では沢山の人が作物を届けてくれるので、食うにはまったく困っていないのだ。
初めて来た人は、やはり値段の安さに驚愕するらしい。
それを何度も見てきたので、いい加減最初に伝えておいた方がいいのではないだろうか、と考え始めている。
「よし、では次の──! この匂いは!」
「せ、先生!!!! こいつを!!!!」
「大澄殿! 彼を早く連れてきてくだされ!」
「お!? おおおう! っておいどうしたんだお前!!」
「久吉! 針と糸と布を! お爺さんは湯を沸かしてくだされ! 酒もあるとなおいい!」
「はい!」
「わ、わかった!」
ずどんっと大きな音を立てて転がってきたのは、背中を大きく斬られた男性であった。




