2.16.協力者
赤と黒を基調とした豪華な服を着たナルファムが、声をかけてきた。
冒険者の長ということもあっていついかなる時でも武器は手放さないらしい。
腰には大振りの剣が携えられている。
彼女はテールを指さしてメルの方を向く。
するとメルは残念そうに首を横に振った。
それを見たナルファムは呆れたように空を仰ぎ、軽くおどけたあと気を取り直して咳払いをした。
「まぁいいわ……。テール君、凄い仕事をしたそうじゃないか」
「え!? なんで知ってるんですか!?」
「協力を要請されたのよ、バーシィにね。さすがに彼だけでは隠しきれそうにないから」
「あ、ああ……」
「ナルファムギルドマスター?」
「ん!? ああ、ごめんごめん! そうだねぇ、この件については謝らないとねぇ……」
ナルファムはバーシィから研ぎ師に王族の剣を磨き上げてもらったという事実を隠匿して欲しいと頼まれたのだ。
それは研ぎ師スキルの実力を隠すということ。
彼女はこれに加担してしまっているのだ。
ナルファムも研ぎ師に対する当たりの強さは知っている。
だがスキルが今も尚あるということは、存在理由があると常に考えており、これが神のご意志であるのであればもっと大切に扱わなければならないものだということも分かっていた。
とはいえ、一人の力で冒険者……及び国民全員を納得させるのは無理だ。
だから今は、彼らを守るためにバーシィの要求を飲み込んだ。
「ほんと、ごめんなさいね」
「バーシィさんも同じようなこと言っていましたよ。でも大丈夫ですから」
「本当にかい? 一つのチャンスを潰されたのよ?」
「まだ残っていますから」
そう言ってテールはメルを見る。
研いだ武器を使ってくれる冒険者がいる限り、まだ可能性はあるのだ。
今はまだ浸透しきっていないかもしれないが、時間と共に理解され始めるだろう。
まだまだ時間はかかるかもしれない。
しかしそれだけの価値はあるとテールは考えている。
「そうなのねぇ……。何かあったら教えてね。手伝えることがあれば手伝うから」
「!! ナルファムギルドマスター! その言葉に偽りはないですね!!」
「!? え、どうしたのメルちゃん……」
「ちょっと待ってメル! なにするつもり!?」
ニコニコと笑うメルは、ナルファムが腰に携えている剣を両手で指す。
そのあとにテールに指を向けた。
「「……え?」」
「テール、ナルファムギルドマスターの剣、研いであげて!」
「え!?」
「メルちゃんちょっと待って!?」
明らかに動揺した様子でメルを止めにかかったナルファムだったが、逆にずいっとメルに顔を寄せられた。
「冒険者に二言はー??」
「いや、貴方だって知ってるでしょ? 剣は自分を守ってくれる冒険者にとっては欠かせない財産。そう簡単には……」
「じゃあナイフで!」
「ナイフ? ま、まぁそれくらいなら……」
その様子を見て、テールはメルの強引さは凄いなと変に感心した。
初めに大きいものを要求し、今度は小さいものを要求する。
感覚的な話になるがとても大切なものを初めに指定された後に、比較的優先度の低いナイフを指定されると「それくらいなら」と思ってしまう。
こうして無事、メルはギルドマスターという立場の人のナイフをテールに研がせることができた。
ナルファムがナイフを取り出している最中にメルはこちらを向き、小さく舌を出して可愛らしく首を傾げる。
メルには敵わないなと思いながら、心の中で感謝した。
「あっ」
「ナルファムギルドマスター、どうしたんですか?」
「いやこれ……研げるの?」
そう言って取り出したナイフは、何かの鱗を使って作られている中くらいのナイフだった。
短剣と言ってもいいかもしれない。
鱗を使っているので刃と呼べる箇所はなく、鱗本来の切れ味自体がとんでもないものなのだと教えてくれる。
「これは?」
「フレアドラゴンの鱗を使った短剣兼解体ナイフ。魔族領に棲む魔物のことよ」
フレアドラゴンとは、ここよりずっと南に行った先にある魔族領に住まう魔物のことであり、強靭な肉体と鋭すぎる鱗を有するトカゲの一種である。
ドラゴンとは呼ばれているが背中に翼はついていない。
地面を素早く歩き、鱗の隙間と口から炎を吐き出すため、接近戦がほとんどできない敵である。
そしてその鱗が使われているナイフ。
岩に体当たりしただけでごっそりと削れるほどの強靭な鱗なので、切れない物はほとんどない。
大体は矢尻や投擲用ナイフに使用されたり、槍の穂先に使われるのだが、これは特別に魔法使いから譲ってもらった鱗を短剣に加工して貰ったものだ。
そもそも研ぐ必要がないくらいの鋭さを有している。
これを預けたとしても意味はないのではないだろうかと、彼女は思っているのだ。
「えーと、見てもいいですか?」
「ええ、もちろん」
ナルファムがナイフを手渡してくれる。
それを光に当てて刃先を確認してみるのだが、確かに刃こぼれはしていないしこれ以上研ぐのは蛇足になるかもしれない程の鋭さを有していた。
研ぐにしても形が普通のナイフとは違う。
若干の丸みを帯びているので、研ぐのであればカルロから聞いた“砥石の形を変える”という作業をしなければならないだろう。
それにしても面白い短剣だ。
魔物の素材をほとんど加工せずに使った短剣というのは初めて見た。
それゆえに少し研ぎたいという好奇心は芽生える。
『つまらない』
「……え? え? メル、何か言った?」
「? なにも?」
「ナルファムさんは?」
「何か聞こえたかした?」
『つまらない』
「ほらまた」
「「?」」
二人は首を傾げるばかりで話になりそうになかった。
しかし声はしっかりと聞こえている。
これは……あの夢の中で経験したものに酷似していた。
短剣が喋っている。
手に持っている短剣を凝視してみれば、また同じ言葉が聞こえてきた。
一体、『つまらない』とはどういうことなのだろうか。
短剣がそんなことを言う理由……。
「……ナルファムさん」
「なにかしら?」
「この短剣、何年使っていないんですか?」
「あーーーー……そういえば長い間使っていないわね。でもそれがどうしたの?」
「んーと……えーっと……」
これはどう説明すればいいのだろうか。
少し考えたが結局いい言葉は浮かんでこず、その短剣を返した。
「と、とりあえず使ってあげてください。じゃないと僕たちが研いでも意味ないですから」
「そう? まぁそうね、たまには使わないとね」
「テール、いいの?」
「うん。短剣がまだ綺麗だからね」
話を聞いたナルファムは、短剣を仕舞い込んだ。
数年間使っていないことによく気付いたなと感心していると、鐘が鳴った。
「あっ! ごめん君たち! 私はもう行かなきゃ! じゃあね!」
「あ、はい」
「お気を付けて~!」
彼女の背中を見送った後、テールは自分の両手を見る。
夢の中だけではなく、現実世界でも刃物の言葉を聞くことができた。
これはすごい事なのではないかと思っていると、手を引っ張られる。
「さ、テール遊びに行こ!」
「わわわっ! わ、分かった分かった!」
邪魔者がいなくなったと言わんばかりにはしゃぐメルに、結局昔の様に振り回されることになったのだった。




