14.16.ほれいくぞ
一度村に戻ってきた鎮身は、来週の準備を既に始めていた。
また人が増えることも可能性としてはあるので、今度は一晩休んでから診療にあたることにする。
そうでないと久吉の体力が持たないからだ。
いくら体力が無尽蔵にある子供だからといえども、長い距離を大きな荷物を抱えて移動したのだ。
その後に診療の助手をするのは、さすがに酷である。
事実、鎮身もさすがに疲れていた。
今度は余裕を持って対応すべきだと思うので、予定よりも一日早く向かって、番傘屋のお爺さんの家で一晩明かしてから仕事に取り掛かる様に段取りをつけてもらう予定だ。
これで少しは楽になるだろう。
とはいえ、守銭奴の薬師の問題は残っている。
しばらく番傘屋のお爺さんが情報収集をしてくれるようではあるが、無理のない様にと釘を刺しておいた。
一週間で向こうがこちらを認識するかという確証はないが、そう見積もっておいた方がいいだろう。
まだ認識していなければ、普通に診療をすればいい。
さすがに次に来るときはこちらの存在がバレていると思うが。
「なんにせよ、次に行くときは大丈夫やもしれませぬなぁ……。運がよければ」
「? 師匠、どうしたの?」
「いえ、なんでも。独り言です」
薬草の入ったざるを持った久吉が、可愛らしく小首を傾げる。
どの様な顔なのか鎮身は知らないが、声の位置と角度から首を傾げているということは分かった。
昔に比べて、子供らしい仕草をする様になったものだと、少し安心する。
薬を作り終えた鎮身は一つ息を吐いてそれを包む。
それをひとまとめにして、布でさらに包んだ。
そこで足音が一つ聞こえてきた。
この音は聞き覚えがある。
縁側から顔を出したのは、大澄であり少し意外そうな顔をして立っていた。
「おいなんだよ、帰ってきたならそう言えよな」
「ああ、すみませぬな。少々仕事が詰まっておりまして」
「俺は基本暇なんだ。呼べってのー」
口を尖らせながら不満を零す。
大澄は指南役というだけでここに来て、更に若者の稽古を見るだけで衣食住をある程度提供してもらっているのだ。
それが少し申し訳なかったらしい。
なので最近は村人のいる場所を歩き回って、手伝えることがないかと聞き回っているのだとか。
稽古もそんなに長い時間毎日する訳ではない。
なのでどうしても手持ち無沙汰な時間が生じてしまうのだ。
いつも何かやれることがないかと歩き回っている彼の姿は、村の中で有名になり始めているのは恐らく大澄は知らないだろう。
「そうでしたな。ああ、そういえば一つ頼みごとがあるのでした」
「お!」
急に眼の色を変え、草履を脱いで縁側を登った。
足早にこちらまで来て座ると、用件を今か今かと待っている。
犬のようだな、と思いながら鎮身は小さく笑って頼みごとを一つする。
「来週、護衛としてわたくしめの仕事についてきてくださいませぬか」
「護衛……? 薬師に? 仕事って……俺が以前住んでた街の方だろう? 何だそんなに治安が悪くなってんのか」
「仔細をお話いたします」
それから鎮身は街で起こっていることをかいつまんで話した。
特に重要なのは守銭奴の薬師と高利貸しが結託しているという事。
鎮身が診療を行っていることが知られれば、恐らく何かしらの手を打ってくるはずだ。
最悪の場合、力でねじ伏せてくる可能性があるため、こうして護衛を任せようとしていることを大澄に話した。
彼は難しい顔をしながらも、納得したように頷いている。
どうやら守銭奴の薬師という存在は、知っていたことには知っていたらしい。
呟くように『あいつか……』と大澄が零したのを、聞き逃しはしなかった。
「やはり知っていましたか」
「ん、ああ。まぁさすがに向こうじゃ悪い意味で有名だしな。だが他に薬師がいねぇんだ。多分その高利貸しってのが追っ払ってんだと思うんだがよ」
「となると」
「あんたも遅かれ早かれ目を付けられるな。どういう風に追っ払うかはさすがに知らねぇが、俺が居りゃあ問題ねぇ! ほんなら行くか! ほれほれ行くぞ!」
「来週です」
「……なげぇえええなぁああ……」
次にあの町に行くのは一週間後だ。
それまでは薬などを作っておいて、すぐに手渡せるようにしておかなければならない。
そうすれば診療の時間も減る。
大澄はもう行くものだとなぜか勘違いしていた様で、来週だと聞くと一気にやる気をなくしたようにべたーっと床に寝転がった。
今日は本当にやることがないらしい。
今は収穫もないし、この村での事業はさほど多くないので暇な時間は確かに増える。
あるといえば狩りくらいだろうが……残念ながら大澄に狩猟の才能は一切ない。
なので猟師からは申し訳ないがついて来るな、と言われているのだとか。
さすがにその時は笑ってしまった。
この性格なので釣りをするというのも難しいらしい。
じっとすることができないので、魚が逃げてしまう。
のんびりとした時間を過ごすのが、とにかく苦手であるようだった。
常に何か刺激を求めているような。
そんな感じだ。
「ふぅむ。大澄殿は何かご趣味などが?」
「んぁ? ああー……ねぇなぁ……。だから剣術一筋だったしぃー……」
「誰から教わったので?」
「叔父上だ。俺の十倍は強いな……。勘当された時も少し庇ってくれたけど」
「もしやすると汚名挽回、できるやもしれませぬな」
「ええ? できねぇだろ。する気もねぇしなぁー。なんにせよ来週だな? 何時から出る?」
「昼くらいからでますぞ」
「わかった!」
ここですることがないことをすでに察した大澄は、縁側に戻って草履を履いた。
軽く手を振って挨拶をすると、颯爽とその場を去って行ってしまう。
「此度の一件は、世直しとなると思うのですがな」
「よなおし?」
「皆が住みやすい世にする為に尽力することですな。さて久吉、水を汲んできてくれませぬか」
「分かった!」




