14.15.守銭奴の薬師
ようやく一息入れると、久吉はそのまま眠ってしまった。
相当疲れていたのだろう。
小さい体に無茶なことをさせ過ぎてしまった、と鎮身は今一度反省する。
番傘屋のお爺さんに温かいお茶を出してもらい、それをすすってほっと息を吐く。
緑茶とはいいものだ。
良い茶葉ではないようだが、庶民にはこれで充分。
口の中に苦みを残しながら肩の力を抜くと、自然と落ち着くような気がした。
「よいせっと。すまねぇな先生。無茶させちまって」
「予想以上に多かったですが、ままなんとかなりました。お気になさらず」
「坊主もよーやるわ。遠いところから歩いてきたってのに」
「根性があります。それに、わたくしめの仕事をよく見ている。よい薬師になるでしょうから、村の方は後二年もすれば任せられるやもしれませぬな」
「将来が楽しみだなぁ」
お爺さんは熱いはずのお茶をぐっぐっと飲んで大きく息を吐いた。
熱をあまり感じないのだろうか。
少し心配しながら、鎮身はゆっくりと茶を口に含んだ。
……やはり熱い。
患者の流れが途切れると、その日はもう患者は来なかった。
礼として差し入れを持ってきてくれた人がいるが、その大半は持ち帰るのは難しい代物だったので、とりあえずこの家に置かせてもらうことにしている。
持ち帰れるものは、できる限り持ち帰る予定だ。
今日は久吉が歩く元気がないと思うので、ここに泊まって朝方出立することにした。
一日厄介になるが、お爺さんは快くそれを承諾してくれた。
「そういえば、今日はあのおチビさんを見ませぬな」
「あいつは孫だからな。今日は親の所にいるんだよ」
「なるほど、それで」
「いねぇ方がお前も楽だろ。付きまとわれちまうぜ?」
「はははは、それは大変そうですなぁ」
あの子は久吉よりも少し年下だろう。
加減を知らないくらいの年齢なので、今日いなかったのはありがたかったかもしれない。
いたとしてもお爺さんが何とかしてくれるだろうが。
すると、お爺さんがこちらを見てきていることに気付いた。
小首を傾げると、はっとして詫びを入れる。
「すまん。本当に盲目なのか気になってな」
「目は見えませぬな。ほら、白いでしょう?」
「ああ、確かに……。だが、よくそれで診療ができるもんだな……。何人か不思議がってたぞ」
「元より色を知りませぬ故なぁ……。しかし形が分かれば何とかなるものです。代わりに鼻と耳がよくてですな。診療にはこれを使います」
「へぇ、音と匂いで分かんのかい」
「分かりますな」
感心したように、ほぇーと言葉を漏らす。
大したことをしているという自覚はないのだが、やはり目が見える者からすれば、鎮身は異質な存在なのだろう。
だが人の役には立っている。
この自分にしかできないことが世のためになるのならば、一人でも多くの人々を救っていきたいと常日頃から考えていた。
だがやはり、あの話が気になった。
「……お爺さん」
「なんだ?」
「やぶの話を聞かせて頂いてもよろしいですかな」
「守銭奴の山喜か」
その薬師は、山喜という名前らしい。
恐らく一週間後、鎮身がまたここに来る頃には、彼はこちらのことを把握しているはずだ。
商売の邪魔をされていると文句を言いに来るのは目に見えている。
だが、そもそも腕がよければ、住民は他の医者を必要とはしないのだ。
彼の中に大きな問題があるからこそ、住民は他の救い手を求める。
至極単純なことではあるが、それに気付かないのだろうか。
救うべき者たちに『守銭奴』と付けられている時点で、もう底が知れているような気がした。
「して、どの様なお方で」
「前に言った通りだよ。効きもしねぇ薬渡して、二度、三度と診療させに来させて金を巻き上げるんだ。薬草を煎じていたところなんて見たことがねぇ。本当に医者かどうか怪しいわ。たけぇ時は一朱銀なんてせしめやがる!」
「い、一朱銀!?」
一朱銀とは、二百五十文……。
つまり一文が二百五十枚集まった数と同等の価値を持つ、銀の硬化のことだ。
一回の診療でそこまで要求するなど、鎮身にとっては考えられなかった。
傷口の治療をした時だとしても、そこまで取るなど考えたこともない。
「は、払えなかった場合は……」
「そりゃ借金させんのよ。あいつ、高利貸しと伝手があるみてぇでな」
「結託しているわけですか……」
「ああ」
予想以上に面倒くさい関りを持っている様だ。
ここで商売をしていると、他の人たちにも迷惑が掛かりそうである。
「だから次はあの用心棒、連れてきた方がいいぜ」
「それで彼の名誉は挽回されますかな」
「あいつ次第じゃねぇか?」
「ふむ、確かに」
なんとなく話はまとまってきた。
十中八九、仕事の邪魔をされないように何か仕掛けてくるはずだ。
とはいえ、その様な関わりを持っている薬師など、本格的に潰してしまった方がいいのではないだろうかとも思う。
なんにせよ、少し力のぶつかり合いが発生しそうであった。
一週間後は今日見た患者の容態を確かめなければならないので、何が何でもここに来なければならない。
村の方では病人も怪我人も居ないため、こちらに集中できそうだ。
「次来る時が、山場ですな」
「俺が言うのも何だが……大丈夫か? 俺がもっと慎重にこのことを話して居れば、静かにあいつらも来てくれたと思うんだが……」
「流れてしまった噂は、そう簡単に抑えれませぬ。むしろそれで救うことのできる者が増えたと思えば、悪い事ばかりではありませぬ故な」
「……懐がふけぇな、あんた」
「ほとんど薬のことで埋まっておりますがな」
「はははは! なんだそりゃ!」
それから少し談笑したのち、就寝する運びとなった。
一週間後……どうなるか分からないが、とりあえずあの男を連れてくることは、鎮身の中で決定していた。




