14.9.頼めますかな
てんてん、と杖を突きながら鎮身は匂いを頼りに番傘屋まで辿り着いた。
今日はやけに匂いが強い。
もしかしたら塗布作業をしているのかもしれないな、と思いながら暖簾をくぐる。
「ごめんください」
「いらっさーい! あ! あの時のー!」
「……ああ……?」
挨拶をすると子供がトテテテと走って来た。
前と同じように袖を掴んで引っ張るので、少し転びそうになる。
だがすぐに立て直してその歩調に合わせ、お爺さんのいる場所へと連れて行ってもらった。
近づいてみると、臭いが更に強くなる。
やはり塗布作業をしていた様で、刷毛を手にして番傘に色を付けている最中だったようだ。
しかし、相変わらず鉄の匂いと砥石の匂いもする。
今も彼は仕込み刀を作っている様だ。
「なんだ、誰かと思えばおめぇかい」
「ご無沙汰しております」
「……そいつ、持ってんだな」
「ええ。もう手放せそうにありません」
「……そうかい。役に立ったんなら、ええこった。ほれ」
すると、こちらに大きな手を差し出してきた。
これは一体どういう意味だろうか、と考えていると、彼はすぐに教えてくれる。
「見せて見ろ。研ぎ直してやる」
「ああ、それは助かりますな。うちの村には研ぎ師はおらんものでして」
そう言いながら、鎮身は守身番・十録を手渡す。
彼はそれを受け取り、すぐに仕込み刀を抜いて調子を確かめた。
真っすぐな直刀。
反った刀より扱うのが難しい分、軽さでそれを補っている。
なので強度が低く、下手な使い方をしているとすぐにだめになってしまうのだが、鎮身が使っていた仕込み刀は、一切の刃こぼれがない。
爪を当てて調べてみるが、目に見えない刃こぼれもないようだった。
しかししっかり使われているようで、若干鋭さは低下している。
「……すげぇな」
「え?」
「おめぇさん、何処かで剣を嗜んでいたのか?」
「はは、滅相もない。生まれつきこれでして、そんな物騒な物を持とうなど考えたことがありませんでしたな」
自分の目を指さしながら、軽く笑った。
生まれながらにして盲目なので、危ない物は基本的に持ったことがない。
戦おうなど頭の片隅にも置かれていなかった単語だ。
だからこそ、実際に戦ってみて自分の力に少し驚いたのではあるが。
お爺さんは感心した様な、心底呆れたような引き笑いで笑う。
これが盲目が故の強みなのかもしれない。
そんなことを思いながら、とりあえず仕込み刀の手入れをしてやることにした。
技術は自分が思っていた以上にあるようだが、どうやら手入れの仕方は知らないらしい。
手招きをしてこちらに呼ぶと、鎮身は静かに従う。
「座れ。手入れの仕方を教えてやる」
「ああ……確かにそれは、必要やもしれませんな。そのまえに、一つ宜しいですか?」
「なんだ?」
「実は剣の指南役を紹介していただけぬかと思いここに来た次第でして」
「指南役ぅ?」
それを聞いて、首を傾げた。
鎮身はその辺の用心棒よりも強い。
だから他の指南役を紹介したところで、教えられるようなことはほぼほぼないはずだ。
しかし、そうではないらしい。
鎮身は先日村で起こったことと、自分の技量を見て剣術に励む若者たちの話をした。
山賊を返り討ちにしたというだけで凄い話ではあったが、さらにそこから村を守りたいと志願する若者まで現れるとは。
今度こそ驚いた様子で、その話に聞き入った。
要するに、鎮身は目が見えず、他とは違う感覚を使って戦っているため、彼らに技術を教えることが不可能だという事。
だからこうして、指南役を紹介してくれそうな、ここへ来たと教えてくれた。
「なぁんで俺が知ってると思ったんだ」
「あいや、はははは……。それこそ当てずっぽうでしてな……。しかしお爺さんから漏れ出る凄味から、何かいい人を知っているのでは、と思ったまででして」
「適当な奴だなおめぇさん」
「はははは、なにせ初めての試み故」
村の中で、今までに前例のないことが次々に起こったのだ。
今もその対処に追われていると説明すると、彼はまた呆れたように笑う。
「はっはっはっは。んじゃ、しゃーねぇな」
「……と、いうことは」
「指南役だったな。最低限の衣食住を提供してくれるなら、引き受けてくれる奴もいるだろう。安心しろ。いい奴を選抜してやる」
「本当ですか。いやはや、それはありがたい」
「だが一つだけ」
ただでは引き受けてくれないだろうな、とは覚悟していた。
鎮身はその言葉を待っていたかのように、懐から薬を取り出して手渡す。
「……まだ何にも言ってねぇが……」
「胃が弱いのでしょう? 胃薬の丸薬です」
「なんで分かった?」
「音ですな。それと、腹巻をするといいですな。冷えから来る場合もあります故」
「もう暑くなるが」
「夜は冷え込みます故、大事を取って」
「……善処しよう」
そう言って、彼は丸薬を受け取った。
「近くに薬師はおられないのですか?」
「いるにゃいるが、あいつぁやぶだ。二、三度効きもしねぇ薬を売って、なんべんも来させんのさ。いい医者はこの辺には居ねぇしな」
「左様でしたか……」
「おめぇさんがこっちに店でも構えてくれりゃいいんだが」
「今弟子を育てておりましてな。ひと段落すれば、もしやすれば」
「そいつぁほんとか? そうなったら声かけやがれ。すぐに方々に声かけ回って協力させてやる」
「そ、そこまで本腰を上げられずともいいですよ……。しかし定期的にこちらに来ましょうか。わたくしめとしても、その薬師の行為には思う所がございます故」
「じゃあ他の奴らも呼んでいいか? ここに来てくれりゃ場所作ってやる」
「ええ、構いませんよ。しかしそれ程に病人が多いのですか……?」
「ああ」
やはり大きな街には、何かしらの問題がつきものなのだろう。
とりあえず指南役を用意してくれるという案は飲み込んでくれた。
それだけで儲けものだ。
その日はそれで帰路に就いたのだった。




