14.6.弟子
「お弟子さんが……居たんですか」
「ええ。まぁ……行く当てもなく帰る場所も分からない子供です。あんな恐ろしいことがあった手前、外に出るのを嫌がる様になりましてな。もう乗り掛かった舟だと思って面倒を見ることにしたのです」
だが、仕事を教えるのは苦労した。
くつくつと笑いながら、鎮身は顎に手をやる。
沢山の野菜を竹ざるに乗せて、それを縁側に置く。
すると次に畑に戻り、しゃがみ込んで雑草を抜こうと小さな草に手を伸ばす。
「スンスン……。久吉や。右手に持っている薬草は植え直してください。それはまだ育っておりません」
「ふぇ……? おっきーよ?」
「それは花が咲きます。それが材料になるのです」
「へぇ……」
久吉は先ほど引き抜いた薬草を同じところに埋め、ぽんぽんと土と叩いた。
すると隣の草に手を伸ばしたので、沈みは慌てて止める。
「そ、それは薬草です……! 抜いては駄目ですよ」
「どど、どれがざっそーなの……?」
「青々とした匂いがするのが雑草です」
「……匂いしない」
「あやや……」
臭いと音ですべてを把握する鎮身にとって、久吉は視覚情報で判断する。
どんな形をしているのか、色をしているのか。
それを鎮身が口頭で説明するのは非常に難しい事だった。
少しばかり急ぎの仕事だったが、ここは仕方がない。
薬草を煎じるのを一度やめて、鎮身は庭に出て久吉と一緒に畑の雑草を除去する作業に入ることにした。
まず鎮身が手本として小さな雑草を摘んでいき、久吉がそれを真似する。
時々植えたばかりの薬草を引き抜こうとするのを制止しながら、順調に一つの畝に生えている雑草を除去し終わった。
「ごめんくださーい」
「あやや……。久吉、手を洗って家の中に戻っていてください」
「わかったー」
時間をかけすぎてしまった。
少し反省しながら、接客するために玄関の方へと向かっていく。
扉を開けると男性がぱぁっと笑顔になって頭を下げた。
どうやら飛脚の様で、長い距離を走ってきたのか汗をたくさんかいている。
「先生、おはようございます!」
「おはようございます、久佐絵殿。少し呼ばれていかれなさい」
「いやいや! 先生にそんな気を使われちまうと、こっちが恐縮しちまいやす!」
「はははは、実は少々薬を煎じるのに手間取っておりましてな……」
「ありゃ、先生が。珍しいこともあるもんですな。そんじゃ別の用事を済ませてからまたここに寄りやしょうか!」
「そうして頂けるとありがたい。次来るまでには煎じておきましょう」
「わかりやした! ではまた!」
飛脚は一度礼をしてから、早い速度でその場を後にした。
さすがに次に来るまでには薬を煎じておかなければ。
そう思って家の中に戻り、縁側に置いてあった薬研の前に座り込み、またごりごりと薬草を煎じ始める。
「しばらくは、このようなのどかな日常が続きましたな」
「……ということは」
「また、守身番・十録を抜くことになる事件が、起きました……」
景色がまた変わっていく。
そこではワイワイと宴会が開かれていた。
どうやら村総出でお祭りをしているらしく、沢山のお酒や取れたばかりの作物を神社の前に奉納し、今年の豊作を祝う祭りのようだ。
それに鎮身はもちろん久吉も参加しており、ぽてぽてと歩きながら踊る人々の中に二人も混じって楽しそうにしていた。
久吉は少々足取りがおぼつかないが、人前に出られるようになったことをまずは褒めるべきだろう。
あの一件以来、久吉は鎮身以外の人と出会うと当時の記憶が蘇ってしまうのか怯えて逃げ回っていた。
しかしそれでは薬師としてはやっていけない。
まずは人に慣れるようにと、鎮身が村民に協力を申し出て少しずつ慣らしてもらうようにと、まずは家に尋ねて来てもらっていた。
最初こそ声を聴くだけだったが、次第に玄関に入って座り込みながら語ったり、家に上げて茶を楽しみながら最近の出来事を話し合ったりとしているお陰で、久吉もゆっくりではあったがこちらに興味を示すようになってきた。
村民たちの協力のお陰で久吉はすっかり村民に慣れたようで、今ではこうして一緒に踊ったりすることができている。
恐怖とは克服できるもの。
精神面での治療として、鎮身も一つこれで学ぶことができた。
今後に生かすことができれば尚良いだろう。
ドーン、ドン、ドンッ!
カッカカッッカ!
ドーン、ドッドドンッ!
カカッ!
腹に響く太鼓の音を聞きながら、皆で楽しんでいた。
今年は豊作で、小さな村にとってはこれだけで来年まで余裕で暮らせる。
それらを販売したりして銭を稼ぎ、村の発展に繋げようという話し合いも村長を含める村の重役たちで決まっていた。
これだけあれば売りに出しても問題はない。
新しい馬、牛が欲しいな。
衣服なんかもそろそろ新調してみたいな。
そんな話し合いを、祭りの最中であってもしあっている。
生活の安定が決定した今、皆安堵しているのだろう。
だから次の事を考え続ける。
何をどれだけ売りに出すかはもう少し考えなければならない所ではあったが、今は案を出す時だ。
絞るのは、この祭りが終わってからでもいいだろう。
宴もたけなわ。
酒も進んで盛り上がる中、そのすべてが静まってしまう程の、凄まじい悲鳴が轟いた。
「!!? どうしましたか!?」
「さ、さ!!? 山賊だぁ!!」




