14.4.もってけ
視界が鮮明になってくると、そこは大きな通りだった。
様々な人々が往来しており、古風な街並みが広がっている。
客引きのために大きな声を張り上げる者や、歩きながら物を売る者。
談笑しながらゆったりと通りを歩いていく者たちの姿などが目に飛び込んでくる。
キュリアル王国やリヴァスプロ王国などのように人がごった返しているという程の人はいないが、それでも人は多い方だと思う。
そんな中を、鎮身は杖を突きながら歩いていた。
「……そういえば、鎮身さんが目が見えなくなったのって、いつなんですか?」
「生まれつきですな」
「生まれつき!?」
「ええ。その代わり、鼻と耳は良い方でして。声と歩き方の音で人を判断し、匂いで何を所持しているかなどを判別いたします。すべてに匂いはありますから」
記憶の中に鎮身も、確かに匂いを嗅ぐ仕草をよくしているように思えた。
だが人々の往来の激しい場所で歩くのはやはり困難らしく、そういう時は杖を突いて歩くらしい。
周りの人々も盲目だということが歩き方と杖の突き方で分かるので、そっと道を開けてくれている。
気遣いができる人がこの世界には多い様だ。
しかし鎮身は大きな荷物を背負っていた。
その中には薬草や煎じられた薬などが入っており、特に目ぼしい品物はないのではあるが、大きい荷物というのは盗人にとってはとても魅力的だ。
誰もが盲目であるという歩き方をしているのだから、盗人でもそれは理解できる。
いい鴨がネギを背負っている。
そう思った者も少なからずいるだろう。
遠目から見ていると、鎮身の後をつけている人物が良く目についた。
だがテールは今、記憶を見ているに過ぎないのでそれを教えることはできない。
大丈夫なんだろうかと心配そうに見守っていると、鎮身はぴたりと動きを止めて盗人らしき人物を振り返って凝視した。
「……」
「っ……!?」
すると、テールの隣りにいる鎮身がくすくすと笑った。
「ああいうのは、よく分かるものです。同じ足音がずっと後ろを付いてきてますから」
「ぜ、全部聞き分けられるんですか?」
「ああ、はい。匂いでも嗅ぎ分けられますよ」
「凄いですね……」
睨まれた盗人らしき人物は、知らない素振りをしながらそそくさとその場を後にした。
鎮身はほっと息を吐き、胸をなでおろす。
当時の鎮身は武器はおろか襲ってくる人間に対処する術を一切持っていなかったので、あれは博打にも近い行為だった。
あれで引いてくれてよかったと、今一度安堵してから目的地へと進む。
そこで一人の子供が、鎮身の袖を引っ張った。
足音でこちらに近づいてきているということは分かったが、まさか袖を掴んでくるとは。
少し驚きながらしゃがみ込み、首を傾げた。
「どうなさいましたかな」
「連れてきてって、頼まれた」
「……えーと、どなたにですかな? お父様ですか?」
「じーじ」
「ほぉ」
こんな事もあるのか、と鎮身は少し驚いた様子で周囲を見回した。
とはいえそれは格好だけで、実際は匂いを嗅いで状況を確かめているに過ぎない。
しかしここはやはり人が多く、この子供のお爺さんがどこにいるのかは分からなかった。
すると、子供が袖を引っ張る。
どうやら連れて行ってくれるようだ。
場所はさほど離れていなかったようで、子供は意外と早く足を止める。
鎮身は匂いを嗅いで、ここがどこなのかすぐに分かった。
「傘……? ですか」
番傘に使われている塗料の匂いがする。
そして、何か違う臭いもいくつかの番傘からした。
なんだろうと思って近づいていくと、どうやらそこには四種類の番傘が並べられているらしい。
もう一度匂いを嗅いでみると、鉄の匂いがした。
「……これは」
「一つ持ってけぇ」
店の奥から、野太い声が聞こえた。
はっとしてそちらの方を見やれば、目が見えていなくても分かる程職人気質な存在が居るということが分かる。
そして彼からは、番傘の塗料や木材の匂いだけではなく、水や砥石、鉄といった匂いがした。
どうやらこれを作ったのは彼らしい。
再び、鎮身はその番傘を見る。
これは仕込み刀だ。
よく見なければ仕込み刀だと分からない程、綺麗に隠されている。
見事な技術力に、鎮身は感心した。
「よいのでしょうか?」
「構わん」
「じーじねー。おきにーりの人にしか、あげないのー!」
「余計なことを言うな……」
「ほんとーのことだもーん!」
キャッキャとはしゃぐ子供は、そのお爺さんの場所へと走って飛び込んだ。
彼はしっかりと受け止め、やれやれと言った様子でため息を吐く。
「お前のその恰好、薬師だろ。救い手が武器を持つことを拒まねぇなら、持ってけ」
「ふむ……。確かに私は人を斬るなどといった大それたことは……」
彼の言う通り、鎮身は薬師であり救い手だ。
だというのに武器を手にするというのは、あまり好ましくないのではないだろうか。
自らの領分を離れてしまいそうな気がして、一歩番傘から身を引こうとしたところで、お爺さんは言葉を繋げた。
「己の身が守れなきゃ、救える人は減るぞ」
その言葉を聞いて、鎮身は下がることを止めた。
「……どちらが正しいと思いますか? 守る、救うために刃を手に取るか、救いの手として穢れなき存在になるか」
「知るかそんなもん。お前が決めろ」
ぶっきらぼうな言い方ではあるが、確かにこれは人に決めてもらうものではない。
鎮身はしばらくその場で思案したのち、一つの番傘を手に取った。
「この時わたくしめは、使わないならそれに越したことはないと思い、ただの雨よけの道具としてこれを頂きました」
「……使う機会が、あったんですか?」
「……ええ」
重々し気に鎮身が頷くと、景色が変わっていく。
そこでは、鎮身が背中に子供を庇いながら、番傘の仕込み刀を抜こうとしているところだった。




