13.22.捨てられた皮膚
真っ白な冷気が地面を這い、触れた植物がパキパキと音を鳴らして凍っていく。
水魔法が得意だったコレイアは、レミの教えにより氷魔法を早い段階で取得していた。
短略詠唱は必要となるが、それでもすさまじい冷気を作り出すことができるようになり、大きな氷も簡単に作れるようになっている。
アイニィがガルマゴロを吹き飛ばした瞬間、この攻撃をする事が決まった。
どうしても攻撃範囲が広くなってしまうので、敵と味方の距離が離れる必要があったのだ。
そういう場面は今までに何度かあったが、真正面から攻撃したとしても回避されるのがオチであり、こうして隙が生じるのを待っていた。
完璧なタイミングで氷魔法を使ったので、ガルマゴロは気付くのに遅れ、冷気に包まれてしまっている。
今はその姿を見ることができないが、コレイアは心の中でガッツポーズをしていた。
「ナイス! コレイア!」
「はぁ、はぁ……。皮膚がどうであれ……凍らせてしまえば固まるからね……!」
「大丈夫?」
「ちょ、ちょっと疲れるの……これ……」
氷魔法は水魔法の上位互換であるため、魔力消費が多い。
しかしその効果は絶大であり、実際ガルマゴロを捕獲した。
バギャアアンッ!!!!
「え!?」
「……まぁ、そう簡単に……ぇ?」
氷漬けにされていたはずのガルマゴロ。
しかし、その氷は粉々に破壊された。
それはまだいい。
そう簡単には仕留めきれないだろうと考えていたので、ここまでは想定内だ。
だが……ガルマゴロの姿が、一変していた。
硬質の毛はどこへやら、全てが抜け落ち、裸同然の姿でそこにいる。
そして……皮膚も、全て脱いでいた。
「イヤアアアアアア!! キモオオオオ!!?」
アイニィが鳥肌を立てながら叫ぶ。
腐臭がこちらに漂ってきて、鼻を突く。
筋繊維がくっきりと見えるようになったガルマゴロは、剥き出しのままの牙を打ち鳴らし、最後に生温かい息を吐いた。
だが血はどこからも出ておらず、まるで模型のような存在が、巨大な刃尻尾を振り回していいる。
もう容赦はしない。
そう言っているかのように、唸り声のトーンを数段階落とし、低くうがいをしているような声を零す。
「ゴロロロロ……」
フォンッ、と刃尻尾を振った。
その瞬間鋭い殺気を感じたメルは、瞬時に両刃剣・ナテイラを振り上げる。
ギャヂィンッ!!
剣が弾かれ、数歩後退する。
「ぐっ!?」
「え、メル!? 大丈夫!?」
「飛ぶ斬撃! 気を付けて!」
「嘘じゃん!」
するとガルマゴロは、続けざまに三度尻尾を振った。
それと同じ回数斬撃が飛び回り、メルが何とかすべて弾くが周囲の木々や大地に深々と斬撃の跡が残る。
見ただけで分かるが、これをまともに喰らってしまえばただでは済まない。
急な緊張感が、アイニィとコレイアに走る。
そこでメルが二歩だけ進み、その場で剣を振った。
だがガルマゴロからは遠く、当たるはずもなく空を切る。
「! メル!」
「うわっ!?」
雷魔法で瞬時に近づいたアイニィはメルを掴んで投げ飛ばす。
入れ替わるようにして槍を振るうと、ガルマゴロの斬撃を見事に弾く。
「今はメルがあいつの能力を掛けられてるみたい!」
「! そ、そっか……!」
アイニィは、メルの動きを見てすぐにガルマゴロの能力が掛けられていることを看破した。
だが自分ではわからない。
これは確認し合っていかなければ、相手に足を掬われる。
「でもいつ……?」
「さすがに分かんないわね」
「ゴラロロロロ……」
「敵の位置は分かる? 距離は?」
「あっちで十五メートルくらい?」
「三十メートルはありそうだけど」
今メルは、敵の距離が分かっていないらしい。
先ほど斬撃を弾いた時はまだ能力を掛けられていなかったのだろうか?
まだガルマゴロの能力について把握する必要がありそうだが、今のメルはガルマゴロの位置だけが分かっていない状況だ。
それだけであれば、何とかなる。
しかしなんにせよ、今は自分がメルを守る番だ。
そう思い、立ち位置を入れ替わる。
「コレイア!」
「水よ……穿て!!」
「ガロロロロ!」
コレイアが水の弾を連続で撃ち続ける。
その一つ一つは大きく、一発地面にぶつかると水溜りができた。
威力も高く、地面を少し抉るだけの攻撃力はあるようだ。
しかしガルマゴロはそれを尽く回避していく。
水飛沫に隠れて斬撃を放つが、それはアイニィが対処する。
既に殺気を隠すことすらしていないので、いつ攻撃が来るか手に取るようにわかった。
だが見えない斬撃は厄介で、何度か受けるのに失敗してどこかしらに傷がつく。
更に威力も高いので、槍がボロボロになっていった。
「ぐ……!」
「アイニィもうちょっと耐えて!」
「ガゴロロロロロ!!」
「はああ!!」
ギャヂンッ!!
ギンギン!
刃尻尾は予備動作が大きい。
そのため予測はしやすいが……その威力に翻弄される。
コレイアも攻撃され始めたので、雷魔法で瞬時に移動して防衛にあたった。
レミから雷魔法について教えてもらっておかなければ、ここまで戦えなかっただろう。
しかしアイニィが使う高速移動は、雷魔法にしては遅い方だ。
威力に極振りしているので斬撃こそ防げるが、実際は防御が苦手である。
何度目になるか分からない攻撃をもう一度弾く。
もう槍の方が限界だ。
「コレイアぁー!!」
「今ぁ!! 雷魔法撃って!!」
「光れええええ!!!!」
全力で雷を纏い、槍を地面に突き刺した。
その瞬間、水浸しになっていた地面に電撃が走り、ガルマゴロの足元に迫る。
「ゴゴガゴゴガガゴゴガガガガガガゴッ!?」
強力な雷魔法で感電し、動けなくなった。
ダメージこそないが、体の電気信号が無茶苦茶になり言うことを聞かない。
辛うじてゆったりと前に進めるだけの余裕はあるが、まともな速度は出せなかった。
「凍れ!!」
冷気が再び襲い掛かってきた。
今度は脱ぐことができない体表となっているので、その攻撃をもろに喰らう。
しかし、その代わりに地面が凍り、電撃の供給が停止された。
動けるようになったので即座に大地を蹴り飛ばし、アイニィに喰らいかかる。
一番厄介なメルは未だに能力を掛けてある。
アイニィは何度も斬撃を弾いたせいで武器も体もボロボロだ。
コレイアはこの氷魔法で大量の魔力を消費したはず。
アイニィさえ仕留めれば、この勝負が決まる。
皮膚すら捨てたガルマゴロは体を凍り付かせながらも動き出し、筋繊維を千切りながら大きな口を開けた。
──目の前にあった冷気の霧が、一気にはけた。
丸い空洞が作られ、そのど真ん中に、アイニィがいる。
一瞬理解できなかった。
だが時が至極ゆったりと流れていることに気付く。
……アイニィの体に、雷が纏わりついていた。
凄まじい速度でこちらに突っ込んできたのだろう。
ボロボロになった槍と体で。
この一撃で決めるつもりで突っ込んできたのかもしれないが、それは見事、ガルマゴロの大きな口の中へと侵入した。
「貫けぇ!!!!」
「ギョボッ──」
ザンッ!!!
ズザザザザザザザザザザザッ!!!!
砂煙をあげながら地面を滑り、ガルマゴロの肉体を勢いに任せて引きずっていく。
槍をしっかりと突き立て、刃尻尾を気配のみで回避し、とにかく力を込めて突き刺し続けた。
ようやく勢いを失ったところで、ガルマゴロの尻尾はへたり、と大地に倒れる。
肩で息をしながら立ち上がったアイニィは、無理やり槍を持ち上げた。
ボギンッ。
根元から槍が折れ、手には柄だけが残っている。
体中傷だらけになりながらその柄を見て、小さく笑う。
「はぁ……はぁ……」
「まだ!!!!」
「ギョゴゴゴゴゴゴオ……!!!!」
瞬時に介入したメルが、アイニィの頭上に迫っていた刃尻尾を受け止めた。
普通の衝撃と斬撃の衝撃二つがメルに襲い掛かる。
だがそれを気合で押し返し、最も力が入る形で斬撃をガルマゴロの顔面に繰り出す。
ゴジャッ。
軟骨体質の骨格は健在ではあったが、皮膚は脱いでいるので斬撃が通る。
だがガルマゴロは既に痛覚を無視しているようで、そのままメルに刃尻尾を振り回した。
喉の中にアイニィの槍が突き刺さったままだというのに、口を大きく開けたまま戦闘を続行している。
凄まじい生命力。
だが能力は使うことができなくなっているようで、メルは普通に戦うことができていた。
今現在、アイニィはボロボロで武器もなく、コレイアは魔力枯渇に苦しんでいる。
あれが二人の最後の攻撃だったのだ。
残っているのは……。
「私しかいない!!」
「ギョガラララララ!!!!」
刃尻尾と両刃剣・ナテイラが、火花を散らしながらかち合った。




