13.20.接敵
あれから五日。
レミの修行で無詠唱を習得したアイニィと、全ての短略詠唱を習得したコレイアは馬車の中で爆睡していた。
魔法に関してでいえば、仙人の中でレミが一番よく知っており、その修行方法も意外ときつい。
……らしい。
どういったものなのか、適性のないテールとメルは分からなかったが、二人の様子を見る限り柳と同じレベルの辛さなのではないだろうか、と推察できる。
最初こそ辛かった柳の修行も、今では息をするかのようにこなしているテールとメルは、昔に自分たちを見ているようで、それが少し可笑しかった。
昨晩メルがアイニィを指でつつくと筋肉痛で苦しんでいたが、疲労で動けずされるがままになっていた。
自分もメルに同じことされたな、と思いながら苦笑いを浮かべてその様子を見守った。
助けはしない。
誰もが通る道なのだから。
「あと少しですかね」
「っ~!」
幌馬車から顔を出して遠くを見てみるが、まだ軍勢の影は確認できない。
最低でもあと二日。
これくらいは移動しなければ見つけることはできないだろう。
しかし五万以上の兵力が一気に押し寄せて来たら、この馬車はただでは済まないのではないだろうか。
いくら木幕が何とかしてくれると言っても、やはり心配であった。
「アイニィ~、コレイア~。おーきーてー」
「ぐ、むぐぅ……眠い……」
「……まだ、敵いないでしょ……?」
「いや暇だから」
「悪魔か……?」
二人は数日続いた修行のお陰で筋肉痛は既になくなっているようだが、まだ疲労がたまっているように見えた。
だがそれは見た目だけで、レミが睡眠魔法で眠らせているので、疲れは取れているはずだ。
なので今は、ただ眠いだけだろう。
もぞもぞと起き始めた二人に、メルはだる絡みをする。
少し前から彼女の機嫌がとてもいい。
その理由は分からないが、調子もよさそうなのでいつでも戦えるようだ。
逆に元気が有り余っているようだが。
『『ねぇねぇテールー』』
「なに?」
『『いやぁー、ちょっと気になってることがあってさぁ。獣と虫だっけ?』』
「ガルマゴロとキュバロックね。それがどうかしたの?」
『『それで東守が使う奇術が幻術で、人々を操るんだよね』』
「そう聞いてるけど」
『『じゃあさ。無茶させられるよね』』
隼丸の言葉に、テールは少しの間思案する。
今までそういう敵と遭遇したことがないので何とも言えないが、確かに操られているとすれば無茶苦茶な要求にも従わなければならない。
なんとなく隼丸が言いたいことが分かってきたテールは、早速幌馬車から顔を出した。
「? テール君、どうしたの?」
「ちょ、ちょっと気になることがありまして……。スゥさん! 索敵お願いしてもらってもいいですか!?」
「っ? っ!」
テールの指示を聞いたスゥはぴょんと馬車から飛び降りる。
彼女は地面に足を付けていないと索敵ができないので、こうして降りたのだ。
それと同時に馬車も止まり、周囲の警戒に当たる。
スゥは昨日まではまだ遠くにいた軍隊を捜索しはじめた。
だがそれは、予想以上に早く見つけることができた。
驚くほど近くに、迫って来ていたからである。
「っ!!? っ!」
「やっぱり近づいてますか!?」
「っ!」
スゥががりがりと地面に古代文字を書く。
それをレミが見に行って、内容を把握した。
「近っ!? 善さん! 十二キロ西に軍勢が居ます!」
「早いな」
「みんな準備して準備!」
レミの号令に、全員が動き出す。
木幕は槙田を呼び出し、メルたち三人は各々の武器を手にして周囲を警戒する。
まだ離れているが、あと少しすれば見えるようになるはずだ。
それに……ガルマゴロとキュバロックは前線に出てきているかもしれない。
「ぐはははぁ……! スゥよぉ……あの辺りはどうだぁ……」
「……っー。っ!」
槙田が指定した場所は確かに良い場所のように思う。
だがスゥは気に入らなかったようで首を横に振り、反対の方角を指さして槙田を見る。
どうやらあちらの方が都合がいいらしい。
「では、そうしようぅ……」
「っ!」
地形の強弱については、槙田より適性魔法を持っているスゥの方が詳しい。
大地の動かしやすさ、硬さ、傾斜など何かいい条件というものがあるのだろう。
そうして指定した場所は……やけに木々が多い森の中だった。
「……山火事にならねぇかぁ……?」
「っ」
「……俺次第かぁ……」
「っ!」
加減をしなければならないことに気付いた槙田は、あからさまにげんなりした様子で肩を落とした。
彼の役目は大地を熱すること。
魔法は効かないので、その力で周囲に影響を与えた土を利用する。
「では、そちらは任せたぞ」
「お任せくださーい!」
木幕は単独行動を取るらしく、一人ですたすたと歩いていってしまった。
道中ガルマゴロかキュバロックに鉢合わせないか不安ではあったが、そうなったらなったで何とかしてくれるだろう。
テールとレミは、東守を探すところから開始しなければならないのだが、そこはスゥが役に立つ。
どこにいるかだけを把握し、進んでいく算段だ。
スゥはすぐに索敵をしてくれて、場所を把握することはできた。
どうやら中央に陣取っているらしい。
あそこに向かうには軍勢を突破しなければならないのだが、それは木幕がやってくれる。
「っ!!?」
そこで、スゥが驚いたように目を見開いた。
獣ノ大太刀を抜刀し、三歩大股で進んでから逸れ振り下ろす。
その瞬間、ガギンッという音と共に、スゥが何かを吹き飛ばした。
「ガルルルル」
「っー!? ……!!」
ガルマゴロと思われる存在が目の前に現れた瞬間、スゥの索敵技能に変化があった。
敵味方の位置が確認できない。
一瞬で数キロ移動したり間近くに瞬間移動したりと、とにかくごちゃごちゃしはじめた。
あまりにも気持ちが悪かったので索敵技能を遮断し、目の前の存在に目を向ける。
「メルぅ……! 任せたぞぉ……!」
「槙田さんもそっちお願いしますよ!?」
「分かっているぅ……」
ゴオンッ、ゴンッ、ゴゴゴロロロロロロロロロ……。
丸い岩が、こちらに急接近していた。




