13.19.テールの想い
「よいしょ」
「っ~」
「あ、ありがとうございます」
かき集めた小枝を、スゥに手渡す。
とりあえずこれだけあれば一夜分の薪にはなるだろうが、とりあえずもう少し集めておきたい。
石などがあればそれを竈にできるので、手ごろな物があれば持ち帰りたかった。
とはいえこの辺りに手ごろな石はなさそうだ。
もう少し奥に行けばあるかもしれないが、もう日も暮れてしまうのでこれ以上先に進むのは憚られた。
残念だが、ここで引き返そう。
そう思って帰路につこうとすると、奥から木幕が歩いてきていた。
「あれ、どうしたんですか?」
「少しな。スゥ」
「っ? ……っ!」
木幕がスゥに何かを手渡し、薪を持って戻らせる。
彼女の後姿を見届けた後、木幕はその場に座り込んだ。
テールにも座れと手で促し、座らせる。
「二つ聞きたいことがある」
「はい、なんですか?」
「灼灼岩金を研いだ時のことを教えよ。あの時、お主は固まって動かなくなった」
「あ、そういえば詳しく話していなかったですね」
テールはあの時のことを思い出す。
「……里川さんが出てきました」
「里川か」
「はい。で、あの人が元の世界にいた時の記憶を見たんです。木幕さんの言う通り裏切られ続けた侍でしたけど、あの人……主に忠実過ぎたって訳ではなかったみたいですよ」
「そうなのか」
「はい。都合がいいように、裏切られたんです」
里川器。
愛刀、灼灼岩金を持ちながら、一人と一振りで様々な逆境を歩んでいた。
盗賊を討伐して裏切られ、友を斬られ、そして理不尽に矢を射かけられて裏切られた。
だがそれを力に変えて、憎しみを込めて二つの城を落とし、ついに復讐を果たしたのだ。
最後は一騎討を繰り広げたようだったが、その時、こちらに呼ばれた。
それを見せてもらったあと、背を叩かれて灼灼岩金を任されたのだ。
「僕は日本刀の中にまだ残っている、侍の魂と一時的に会話できるみたいです。それと同時に記憶を見せてもらって、その人が歩んだ道を知り、研ぎ方を知る……」
「灼灼岩金は、どの様に研いだ?」
「……あの人は、恨みの剣ではなく悲しみの剣でした。里川さんの心に負った傷は癒えません。だから、彼と共に歩んだ灼さんのぼろぼろの刃も、直してはいけないと思ったんです」
「そうか」
木幕は、自分の日本刀を見る。
己の持つ愛刀は、どの様な研ぎ方でなければ研げないのか。
それは自分でも分からなかった。
やはりテールは、素晴らしい研ぎ師だ。
口には出さないが、木幕は既に彼を認めているのかもしれない。
だからこそ、覚悟をしておかなければならなかった。
「……次は、誰を研ぐ」
「そ、それなんですが……まだ……き、決まっていなくて。できれば木幕さんの負担を和らげるために、中にいる誰かの日本刀を、と思っているのですが……」
「お主が決められるのであれば、某が決めておこう。それでも良いか?」
「いや、僕が決めます」
「……ほぉ。理由を聞いても良いか」
「う、上手く言えないんですけど……僕が決めないと駄目な気がするんです」
「そうか」
深くは聞かなかった。
聞いたとしても、テールはその答えをまともに口にできないだろう。
これはテール自身の問題。
任されてしまえば、それは仕事となり、自分から率先して決めなければ、彼らを知ることはできない。
そんな気がしただけなのだ。
キュリアル王国に滞在している間に、できるだけ研ぎたいとは考えているのだが、焦ってしても意味がないものだとも理解している。
とにかく今は迫って来ている脅威を取り除き、キュリアル王国の国民、そして自分の心の余裕を作り出さなければならない。
自分の意見をしっかりと伝えたテールに、木幕は頷いた。
そこで、気配を二つ。
近づいてきたことを確認した後、最後の問いをテールにぶつける。
「もう一つ」
「あ、はいはい」
「メルのことをどう想っている」
「え? 普通に……好きですけど……」
「む?」
案外ドストレートに言うのだな、と木幕は少し面食らった。
あまりに淡々というので若干心配になったので、もう少し聞いてみることにした。
「と、いうと?」
「いやぁ……幼馴染で追放された僕を心配して駆けつけてくれるって、そういうことじゃないですか。メルの気持ちはもう分かっていますけど……今は、こっちの方が、大事なので」
「……分別が付いているのだな」
「さすがに僕でも分かりますよ。まだメルには……言えないですけど。全部終わったら、って思ってます」
「祝儀は送れそうにないぞ」
「全部終わるってことは“そういうこと”ですもんね。そのあとの生活とか全然考えてないですけど」
「キュリアル王国で世話になればよかろう」
「そうかもですね」
意外としっかり考えていたことに、少なからず安心した。
これだけ余裕があるのであれば、修行の妨げにはならなさそうだ。
木幕は後ろの草むらに一瞬視線を送り、肩を少しだけ上げてからテールの肩を叩いた。
「戻るか」
「はい!」
二人は足早に戻っていく。
それを見届けたスゥは、草むらから顔を出してニコニコと笑っていた。
足元に蹲っているメルを茶化すようにツンツンとつついている。
今どんな顔をしているのか、スゥでも手に取る様に分かる。
これで心に会った蟠りは消える事だろう。
「っ? っー? っ! っっ”!!」
「──」
「っ””ーー!!」
微動だにしないメルを引きずって行こうとするが、日本刀の力を使っていないスゥの力などたかが知れている。
スゥはその場でしばらく一人で勝手に格闘していたのだった。




