13.11.キュバロック
西行の言葉に、コレイアとメルが固まる。
ガルマゴロは驚異的な存在であり、冒険者ギルドとしても討伐を最優先している個体だった。
なので西行の腕を奪ったのはガルマゴロだと確信を持っていたのだが、そうではないらしい。
では、なんなのか。
彼は一体何に腕を奪われたのだろう。
「……説明が難しいんだけど……丸い岩だった」
「……いわ?」
「岩。その中から、虫が出てきた」
あの虫は、岩の中から顔を出した。
岩自体が大きなカラクリになっているようだったが、その接続は見事なもので外から見ても本当にただの丸い岩にしか見えない。
だがそれが割れ、岩の中の一部が駆動して窓を開けるかのように可愛らしく顔を出すのだ。
その魔物……虫は大きな岩の中にいながらも、西行の位置を把握できた。
精度は悪いようだったが、転がってくる方向は確かにこちらであり、いつの間にか距離を詰められて凄まじい衝撃波をまともに喰らってしまった。
辛うじて腕を持ち上げて防いだが、案の定腕はなくなっていた、というのが事のあらましだ。
この数百年間生きてきた西行でも、あのような魔物は見たことがない。
岩がひとりでに動くとなれば、その存在の印象は根強く残るはずなので、忘れることはないだろう。
「……岩の中に、虫、ですか」
「うん。あ、それと僕の奇術が効かなかった。足元に大穴を作ったんだけど、落ちなかったんだ」
「魔法を無効化する能力があるのでしょうか?」
「確かめようと思ったけど、また幻術使いが近づいてきたみたいでね。操られたら元も子もないから逃げて来たんだ」
「なるほど……。コレイア、その岩の中にいる虫……? みたいな魔物って知ってる?」
「う、ううん……?」
人差し指で頭をトントンと叩きながら思い出そうとしているコレイアだったが、どうやら彼女の知識の中にその魔物についての知識はないらしい。
図書館であれば調べられるかもしれないが、生憎今のキュリアル王国にその様な施設は既に無い。
あるのは冒険者ギルドだけだ。
メルは次に、ナルファムを見る。
冒険者ギルドには少なからず魔物についての記載のある書物が眠っているはずだ。
しかし機密情報であるものも多く、それを閲覧できるのは限られた者だけであることがほとんどだった。
もちろん普通の魔物については説明のために特徴を受付で教えてくれたりするが、高ランク帯の依頼となると秘匿任務も多かったような気がする。
「じー」
「……え、ええ……。いやでも……」
「今引っ張り出さなくてどうするんですか」
「い、いやまぁ……そうなんだけど……」
「何故、渋るのだ」
そこで、木幕がナルファムに言葉をぶつける。
彼女は苦い顔をしながら作り笑顔を張りつけ、どう言い訳をしようか悩んでいた。
冒険者ギルドにある秘匿情報は一般公開できるようなものがあまりない。
危険な仕事や汚職などの調査、他にも犯人探しや汚れ仕事など多岐に渡るものがその内に入るからだ。
その中には魔物取り扱うものもあり、やはり見せにくいというのがナルファムの率直な意見であった。
このことは王子であるアディリダスも知っているようで、彼女が渋る理由をよく理解しているらしい。
彼も難しい顔をしながら顎を撫でている。
「魔物のことだけでいいですから」
「と、とはいっても、私もその岩の虫? みたいな魔物については知らないわ……。機密情報には一通り目を通してるからね。それに、機密情報ってのは個人情報でもあるから、やっぱり公にはできないわ」
「んん……私もそのような魔物は知らんな。騎士団でも知らんだろう」
「そうですかぁ……」
ギルドマスターであるナルファムは、確かに機密情報はすべて把握している。
その中に魔物のこともあるが、岩の中に住む虫というのはやはり知らなかった。
それこそ図書館で調べなければ、そのような存在は出てこないだろう。
アディリダスも魔物についての勉強はしている。
彼が実力も確かで、どの様な演習であっても最高の結果を残せるように、どんな魔物が出てきても対処できるように学んでいたのだ。
そんなアディリダスの知識の中にも、岩の中に住む虫という魔物は存在しなかった。
全く未知の生物。
名前でも分かれば変わるのだろうが、そもそも特徴を知っている人物すらいないと来た。
まったくの手詰まりになった時、おもむろに木幕が一人の魂を呼び出す。
スッ……とその場に現れたのは、柳だった。
腕組をしながら、小さく笑ってこちらを見ている。
「あれ、柳さん?」
「お主らが知らぬのも無理はあるまい」
「え、知っているんですか!?」
「昔、拙者の家臣が教えてくれたことがある。岩で身を守り、攻撃を繰り出す虫の話」
メルは、彼が元魔王だということを思い出した。
その昔魔族領で魔物の大軍を率いてローデン要塞へと向かった張本人が言うのだ。
岩の魔物は明らかに特殊であり、魔族領にいた魔物で間違いないだろう。
全員の視線が柳に集まる。
彼は人差し指を立てて、その魔物の名を呟いた。
「キュバロック」




