13.6.噂をすれば影が差す
「……」
「…………ぐぬぅ……!」
木幕と槙田が碁盤の前に座って対局している。
槙田はひどく険しい顔をしながら悩み続けているようだが、木幕は急かすことなくのんびりと扇子で風を自分に送っていた。
初めて見るボードゲームらしきものに、若者は興味津々で覗いている。
怪我人の多いギルドの一階ではあるが、彼らはそんなことを気にすることなく娯楽に興じていた。
カルロの部屋から戻って来てテールも、面白そうにそれを見ている。
内容はさっぱり分からないが、槙田が悩んでいる姿を見てどちらが劣勢なのかは明白だ。
メルやアイニィ、コレイアも復興作業の手伝いから戻ってきており、冷たい水を飲みながら休息している。
隣に座って欠伸をしている葛篭に、メルが話しかけた。
「葛篭さん、葛篭さん。あれはなんていうゲームなのですか?」
「げーむ? が何かは分からんが、あれは囲碁だ」
「いご」
「強い者が白、弱い者が黒石を使う。んで、黒が先手。そっちの方が有利でな。で、石を交互に置いて陣地を広げるのが囲碁っていうもんだ」
「要するに陣取りですか?」
「そういうことだ。だが奥が深くてな。相手の手を読んで広げようとする陣地の妨害をしつつ、自陣の陣地を広げていく」
「む、難しそう……ですね……」
実際葛篭もよく知らないが、それは黙っておいた。
そもそも彼は大工であり、そういった知略とは無縁だったのだ。
しかし木幕と槙田は武家の出だというし、知っていて当然だったのだろう。
「ぐぬぅ……」
「お主、将棋は強いのだがなぁ」
「やかましいわぁ……」
ようやくぱちん、と音を立てて黒石を置くと、すかさず木幕が白石を置く。
「……? ……ぬ!? 死んだ!?」
「終局だ」
「…………参ったぁ……」
本当に渋々と、槙田は軽く頭を下げた。
最後に石を取ったり埋めたりしながら、どうなったかを確認している。
ようやく分かりやすくなった盤面を見て、葛篭が指をさす。
「白黒の陣地が分かりやすくなっただろ? 白が木幕の陣地。黒が槙田の陣地」
「あれ、でも結構黒色残ってません?」
「すべての色が変わることはない。どちらもせめぎ合った結果だからな。だが白の方が、大きく場所を取って黒を追い詰めている」
「……?」
「ま、分かりにくいわなぁ」
教えられても知識がなければ、本当に分からない。
この数百年見ていてようやくそれくらいは分かるようになったが、それだけだ。
やり方はもちろんからっきしである。
ふと外を見てみれば、もう日が暮れている。
次第に戻ってきている人も増えているらしく、疲れた様子の人物も散見できた。
しばらくは肉体労働が続くはずだ。
肉でもあれば少しは元気になると思うので、狩猟隊が帰って来るのを待つばかりである。
「そういえば、メルたちは何してたの?」
「私? 三人で復興のお手伝い。冒険者だからね」
「僕も行けばよかったなぁ」
「テールは研ぎがあるでしょ? 余裕のあるうちに研いでおかないと」
「……そうだねぇ」
メルの提案にテールはもちろん、隣にいた葛篭も頷く。
ここの復興に目途が立ったら、また旅立つことは決定している。
向かう先はまだ知らされていないが、恐らく遠くへ行くことになるはずだ。
であればそれまでに、できる限り木幕の負担を減らしておきたい。
彼の抱えている魂が少なくなれば、楽になるはずだ。
だが今手元にある隼丸、不撓、守身番・十録も研がなければならない。
隼丸はいなくなっては困るので、研ぐのであれば不撓か守身番・十録だと思っている。
危険度の高い守身番・十録の方を優先した方がいいかもしれないが。
「どうしよう……」
「確かに、一人くらいは解放された方がいいだろうなぁ。つっても、テールからじゃ言いにくいか!」
「葛篭さんはどうなんです?」
「まだスゥが持ってるからなぁ。わての準備は良いが、あいつがダメだろう。奇術も使えなくなるしな」
「そうですかぁ」
確かにスゥの魔法は強力で、今までに何回も助けてもらった。
あの力がなくなるのは惜しいので、できればまだいてもらいたい。
それにメルの修行の段階も、まだ進んでいないのだ。
一度くらい立ち合うまで、残しておいた方が彼女の為にもなるだろう。
ではどうするか。
ううん、と首を傾げて悩んでいると、小さな足音が聞こえてきた。
噂をすれば影が差すとはよく言ったもので、スゥが勢いよく扉を蹴っ飛ばしてギルドの中に入ってきた。
勢いそのままにごろごろと転がったがすぐに立て直して着地する。
ババッと周囲を見渡し、木幕を見つけた瞬間そちらへ飛びついた。
「っ!!」
「どうした、スゥや」
「っ! っ!」
「葛篭、矢立てはあるか」
「あっで」
懐から矢立を取り出した葛篭は、紙も一緒に取り出してそれをスゥに手渡した。
するとすぐに何かを書き始める。
スゥが使う文字は古代文字であり、普通の人には絶対に読むことができない。
研究者でも読み解くのは苦戦するほどだ。
それをさらさらっと書いて、木幕に手渡す。
「船橋」
紙を見ながら、船橋の名前を呼ぶ。
しばらく眺めていたが、次第に木幕の表情に変化が現れた。
ギッと外を睨みつけ、立ち上がる。
「スゥ、誠か」
「っ……!」
「ナルファム!!」
木幕が大声を出したことにより、周囲の空気が一気に凍り付いた。
ただ事ではないということがそれだけで分かる。
良く通る声を聴いたナルファムは、階段を大慌てで下りてきた。
なにがなんだか分かっていない状況なので、困惑しているようだ。
「い、いかがしました!?」
「今すぐ主要人物を集めよ。軍議だ」
「ぐ、軍議!? って会議の事でいいですかね? でも軍って……! もう戦いは……」
「次だ」
「……次……って……」
嫌な予感がする。
その場にいる全員が、それを感じ取っていた。
意味を理解して唖然とする者。
再び一大事が訪れようとしているということは分かるが、まだ全貌を掴めていない者。
騒ぎを聞きつけて外から顔を覗かせた何も知らない者。
しかし空気感が、地獄の始まりを感じさせていた。
「軍勢が、来るぞ」




