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呪い研ぎの研ぎ師  作者: 真打
第十三章 進軍、キュリアル王国
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13.4.師弟でゆったり



 冒険者ギルドの二階は、比較的軽傷の患者や、女子供といった国民が寝泊まりをしていた。

 ナルファムギルドマスターの部屋だけは仕事のために開けているのだが、それ以外はほぼ埋まっている。

 外は今明るいのでほとんどの人が作業をしに出払っているが、夜になればまた人でごった返すだろう。


 その内の一つに、カルロが休んでいる。

 テールがノックをすると、がちゃりと一人でに扉が開く。

 どうやら一人の男性が開けてくれたようだ。


「わっ。……あ、貴方は」

「おお、カルロの弟子か」


 生えていた無精髭は剃って綺麗になった顔をみて、最初は誰か分からなかったが、あの時カルロと共に閉じ込められていた男だということにすぐに気づいた。

 彼も同じように数日間水しか口にしていなかったはずだが、それなりに訓練を積んでいたのだろう。

 もう既に体調は万全の様で、顔色もよくなっている。


「そういえばお名前を聞いていませんでしたね……。僕はテールです」

「あ、そういやそうか。俺はモアだ、よろしくな」

「テール君が来ているのかい?」


 奥の方で、むくりと上体を上げたカルロが、こちらに顔を覗かせている。

 彼はまだ本調子ではないようで、少し辛そうだ。

 テールはすぐに近寄って、容態を確認する。


「大丈夫ですか?」

「けほ。ああ、なんとかね。長い間あんな場所にいたから咳が止まらないけど……」

「お医者さんには……」

「診てもらったよ。けほっ……。問題はないけど、しばらく安静にして欲しいってさ。仕事しちゃ駄目って言われたから暇で暇で」

「はははは」


 カルロはおどけた調子で無理矢理笑顔を作る。

 最後に彼を見た時はもっと笑顔が朗らかな印象だったが、やはり疲れているようでなんだか別人に見えた。

 しっかりと食事は摂っていた様ではあるが、あの環境下では心身の疲弊は避けられなかったのだろう。

 それに、手がボロボロだ。

 毎日冷たい水で研ぎをしていたのだから、赤切れも目立つ。


 その視線に気づいたようで、カルロは手を見つめる。

 軽く動かしてみると、少しピリリとした痛みが走った。


「薬が切れちゃったな」

「くすり?」

「うん。鎮身さんは薬師で、僕に薬を作ってくれたんだ」

「そうなんですか!?」

「とっても珍しくて貴重な材料を使ってくれてね。凄かったなぁ。塗り薬だったんだけど、手に塗ると温かくなるんだ。毒を持つ生物を使った薬だったんだけど、毒素はほぼ完全になくなってたんだよ」

「あの人が……。お礼、言えなかったなぁ……」


 まさかカルロが世話になっていたとは、知らなかった。

 ということは彼は、意識がある時があったのだ。

 その時に話ができれば、この国はこんな風にならずに済んだのかもしれない。


 テールは鎮身が討たれる時、餓鬼の処理を全力でしていたので最後は見ていないが、倒されたということは知っていた。

 そうでなければ、あの穴は閉じず、更に餓鬼も討伐出来なかっただろう。

 だが最後に、お礼が言えなかったということが、なにより心に残った。


「……モアさんから聞いたよ。仙人が倒したんだよね」

「……はい」


 カルロもそれは知っていた。

 彼がこの状況を作り出した張本人だということも知っていたし、なにより目の前で傘を開いて事件を起こし続けていたのだ。

 止められたかもしれないが、できなかった。

 牢の中にいる自分を気遣う程に優しく、更に自らの魔法の危険性を周知していた。

 彼も、止めて欲しかったはずだ。

 手遅れになる前に。


 あれほどにまで、二人を隔てる鉄格子を恨むことは、今後一生ないだろう。

 それはモアも同じであった。


「俺の剣じゃ、あの鉄格子は切れなかった。壊せたら……あの人を止められたが」

「なんだかんだ、世話になりましたからね……」

「ああ。本当は一発殴りたかったんだよな! あの野郎怖がらせやがって! 文句の一つくらい言えたらよかったんだけどなー!」

「……モアさん」

「分かってるよ」


 モアの中には今、後悔しかないがそれをいつまでも引きずっていても意味がない。

 空元気で気丈に振舞っていたが、その目はやはり悲しそうで、辛そうだった。


 テールも灼灼岩金を研いだことで彼を失い、里川を完全に見送った。

 同じような辛さを、この場にいる誰もが共有している。

 沈んでいく空気に歯止めはかからず、しばらく沈黙が流れた。


 だがそれを壊す存在が、やはりいる。


『『お通夜かよ』』

「……おつや?」

『『え……知らないの……? って、そうだよね。違う世の中だし。まぁ簡単に言うと、死んだ人の親族友人が集まって死んだ人と最後の時間を過ごす儀式だよ』』

「そんなのあるんだ」

『……隼丸様、でしたね。もう少し詳しく説明した方が宜しいのでは』

『『いやだよぉーこういうの苦手ー』』

『では、私が』


 守身番・十録が奏でるような声でそういったあと、コホンと咳払いをする。


『お通夜は夜通しで行われます。灯明、線香を一晩中絶やさずに行い、家族がなくなった後も一定期間はその家族のために食事を出したり、生前同様の対応をするのです。本来は故人様との思い出を語らい合う場ではありますが、やはりしんみりした儀式であることには変わりなく、静かに行われることもよくあります』

「……今みたいな感じで、ですかね」

『違いはあれど、故人を想う心があれば、それはお通夜です。今は日が高いですが、この都の現状からしっかりとした行事を行う時間はありません。しかし想う心さえあれば、形だけの儀式は必要ないかと』

「なるほど」


 綺麗な考え方だな、とテールは思った。

 儀式は皆の心持を一つに変える力を持ち、神聖なもの、なくてはならないものとされてきている。

 だが古くはそのようなことはなく、いつしか誰かがやったことを、続けているだけに過ぎない。

 いつの間にか必要性が論じられて今に至っており、いつしかそれが伝統と化す。


 この儀式が悪いとは思わないし、伝統として語り継がれるということも良い事だ。

 歴史というのはこういう小さなところから成り立っている。


 とはいえ、想いだけで形がない儀式は良くない、というのは違うだろう。

 何事にもまずは想いが必要であり、それなくしては儀式は成り立たないのだから。


「テール君、なにか……その武器が喋っているのかい?」

「はい。彼らが元いた世界のお話を少し聞いていました」

「へぇ。ふふ、僕も声が聞こえたらいいんだけどね」

「そういえばアディ様のアーミングソードがカルロさんによろしくって言ってましたよ」

「え、僕に……? なんでだろう」

「騎士団の武器を研いでくれたから、だそうです」

「ああ、そういうことね」


 カルロは軽く笑った。

 モアもそのことは知っていたので、腕組をしながら頷いている。


 それから三人は、今までのことを語り合い始めた。

 牢での生活、旅の話。

 しばらくこの会話が尽きることはなさそうで、久しぶりに語らい合うことができて全員が楽し気だ。

 テールは特に里川と灼灼岩金について話、カルロは鎮身について話した。

 これが通夜になればいいと思いながら、彼らはゆったりしながら語らったのだった。


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真打Twitter(Twitter) 侍の敵討ち(侍の敵討ち)
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