12.20.
灼灼岩金が居なくなった。
最後に見たあの男は声が彼とまったく同じだったことから、本人だったに違いない。
彼は姿を現してまで、自分を褒めてくれた。
それが無性に、嬉しかった。
研ぎをしている時は気付かなかったが、灼灼岩金を研ぎ始めて七時間が経過していたらしい。
その間、アディリダス王子やナルファム、木幕たち全員がずっとそこにいてくれたのには驚いたが、それほど見ていたかったものらしい。
残念ながら師匠であるカルロは体調が悪かったらしく、寝ていたようではあるが。
「……」
夜が更け、明るい月が昇っている。
テールは日本刀たちと夜風にあたりながら、草むらの上に寝転んでいた。
ここは崩壊したキュリアル王国の中でも辛うじて残っていた広場であり、昼間は子供たちの遊び場になっている。
今は誰もおらず、テールが独り占めしていた。
日本刀たちは一言も発さず、沈黙を守っていた。
だが、灼灼岩金を知っている隼丸と不撓は、やけに静かだな、と胸の内で呟く。
今までそこにいるのが当たり前だった日本刀、灼灼岩金。
テールが最初に手にした日本刀であり、彼から教わることも数多くあっただろう。
実際に戦ったことのある不撓も、彼が居なくなってから口数がさらに減った。
彼がテールに動きを教え、主の攻撃を何度も防ぎ、時間稼ぎを成功させたのだ。
忍びの頂点に限りなく近い場所に立っていた乾芭道丹。
その攻撃を読み、テールに的確に指示を出す判断力は流石と言わざるを得ない。
乾芭、不撓はテールに負けたのではない。
灼灼岩金に負けたのだ。
その強敵が居なくなったことが、なにより詰まらなかった。
不撓は黙したまま、不貞腐れている。
『『……さみしいねぇ』』
「……そうだね」
ついに、隼丸が言葉を発した。
それは心からの言葉であり、少し震えている。
子供っぽい精神年齢ではあるが、凄まじい反射神経と実力、奇術を持っている隼丸は、灼灼岩金から彼が持っていないものを幾つか教わった。
初めて会った時、怒鳴られながら説得されたのは記憶に新しい。
それはテールも同じで、あの時のことを隼丸と共に思い出していた。
まるでお通夜だ。
だが、それほど彼の存在は大きかったのかもしれない。
短い付き合いだったが、その中で築き上げた絆は太く、斬っても切れないようなものであったように感じる。
あの姿を見てから、灼灼岩金は今も隣りにいるのではないか、と感じる。
灼灼岩金は武器だ。
本来であれば喋らず、感情も見え隠れしない。
しかし今この場で彼の旅立ちを惜しんでいる者たちは、声、感情を間近で聞いてきた。
武器の“死”を、人の“死”と同義だと、今彼らは感じている。
本来であればもう一つ研ぎたい、と思う所だったのかもしれないが、テールはそんな気になれなかった。
あれからいろんな人に声を掛けられた気がしたが、ぼんやりしていて覚えていない。
最後には槙田が人払いをしてくれたことは覚えている。
あんなのに払われたら委縮してしまうだろうが……。
胸の中にぽっかりと空いてしまった穴。
どうしたら埋まるのか思案してみるが、それでも思い出されるのは灼灼岩金だ。
彼の最後の姿、言葉、行動が、鮮明に瞼の裏に描かれる。
「……こんなに、寂しいとは思わなかった」
『『まぁ……僕たちは武器だしね。でもテールは僕たちの声を聞き取ることができる。そうなるともう、僕たちは人と同じだと思うよ』』
「……うん」
『『これからもさ、これが続く。覚悟しておいた方がいいかもね』』
「…………そうする」
風が彼らを撫でていく。
高い建物がなくなっているため、風通しが良い。
大きく息を吸って、ゆっくりと吐く。
もうこのまま寝てしまおうと思う、瞼を閉じる。
「テール」
「わっ」
上体を起こして目を開けてみると、そこには藤雪万がいた。
周囲は暗く、夢の中の空間だということがすぐに分かった。
あの一瞬で寝てしまったのだろうか。
そんなことを考えていると、彼はこちらにずいっと顔を近づける。
「一つ、学んだな」
「……え?」
「侍は、日本刀をもう一つの魂と捉えている。それは我も、同じだ。彼らが魂を手放す時、今テールが感じている胸の内の鼓動と同じことが、起こる」
言葉を一度区切る。
ゆったりとした動きで離れていき、持っていた錫杖をしゃん、と鳴らした。
「執着による愛着。我らは己の刀を、愛している。だからこそ執着し、守るために己を磨く。無論そうではないと申す者もいるだろう。されど、その者たちの大半は、無意識に愛着を刀に向けているはずだ。テールよ、お主は……それを任せられたのだ。里川に」
「……」
里川も、灼灼岩金という日本刀に愛着があったからこそ、今の今まで捨てなかった。
そして、刀身がボロボロになろうとも、変えなかったのだ。
すなわち……誰にも刀を研がせなかった、渡さなかった、触れさせ、なかった。
「認められたことを誇りに思え。あの記憶の中で、奴は確かに、お主を認めた」
「……!」
「くくくく……。では、木幕の言葉を借りるとしようか」
笑いながら口に溜まった煙を吐きだし、不敵に笑う。
だが怖くはない。
彼が心からの笑顔を向けていると分かったからである。
藤雪はしゃん、と錫杖を鳴らしてテールにそれを向ける。
「泣くな、笑え。最後くらいな」
「……はいっ!」
目が覚めると、既に夜が明けていた。
寝ながら泣いていたのか、目の辺りが何だか乾いている。
それを袖で拭い取り、決意を新たにしたような晴れやかな顔で、日本刀たちを回収して回った。
『『わわわわ、どうしたの!? なんか、元気になった?』』
「もう大丈夫!」
『『あ、そう? ならよかった』』
「そういう隼丸は?」
『『まぁまだ心残りではあるけど……。テールがさ、灼さんの姿を見たって言ってたじゃん? あの人の最後の行動について考えてたんだけど……』』
「うんうん」
『『絶対泣いてたよね』』
「……た、確かに……」
『『それ見られるのが嫌で背を向けたんなら面白いなって思ってさ。もっと素直になればいいのに! でもまぁそれが灼さんらしいところだけどね? でも最後くらいね~?』』
「それに気付いて可笑しいが勝ったと」
『『そゆこと! もし向こうに行ってであったら絶対茶化してやろう! 今から楽しみだな!』』
「隼丸にはもう少しいてもらうけどね」
『『おうおう! 任せとけい!』』




