12.18.里川器と東沙治道
東沙と対峙している里川は、既に抜刀しており、その刀身は血に濡れていた。
戦上手というのは本当で、勢力が拡大する前に東沙は兵三千を率いて拠点に攻め混んできたのだ。
少数で襲う里川たちが得意な戦法は、そのあまりの数と東沙の戦術によってことごとく打ち砕かれてしまう。
何度か奇襲は成功したが、そこに割いた人員は帰ってこなかった。
どれほどの被害を与えたのかもわからず、翌朝には何事もなかったかのように兵が動く。
そして今現在、里川は最後の防衛戦を繰り広げていた。
まさか東沙が現れるとは、思わなかったが。
「……久しいな」
「ご健在で何より。あの若はどうなりましたか」
「次男が主の座を継いだ。あやつは、今ではのけ者よ」
「いい気味だ」
「ああ、全く」
互いにくつくつと笑う。
本人の前では流石に言えないが、もうどこにも属していない里川の前であれば、こうしたことも言えるというもの。
それにしても、やはりこの男は敵に回したくなかった、と東沙は心底思った。
彼が向かわせた山賊の仲間たちは誰もが屈強の戦士であり、この数日で約一千の兵士が襲われて負傷している。
死者を合わせずこの数だ。
実質、今東沙が率いている軍勢で無傷なのは一千強。
彼らが死兵となったからこそ、ここまでの損害を被った。
弓兵の攻撃を弾かれたときは心底驚き、騎馬武者の突撃を返り討ちにしたときなど、こちらが歓喜したほどだ。
馬を奪われて逆に突撃されたときは、流石に東沙も前に出て戦った。
村中という男と一騎討ちを繰り広げ、討ち取ったのにも関わらず敵の士気は落ちない。
最後は数に押されて倒れてしまったが、彼らの奇襲、そして何でもありの戦い方は凄まじかった。
「総大将を戦場に引きずり出したお主と村中……。敵ながら天晴れだ」
「大したことはしておりませぬ。皆ができることを、したまで」
「そうか」
里川の後ろで、村が燃えている。
仲間は今全員がこの場に集まっており、最後の戦いを繰り広げたところだ。
もう残っているのは、里川くらいだろう。
東沙が日本刀を中段に構える。
里川は片手で灼灼岩金を構え、じり……と足を滑らせた。
「参るぞ、里川器」
「取ってみろ、俺の首を。東沙治道」
両者一気に踏み込んで刃を交えたその刹那。
里川は、その場より消え去った。
景色がぼやけ、真っ白になる。
これで彼の物語は終わりを告げたようだ。
里川は小さく笑いながら、テールの背を叩いた。
「うげっ」
「頼むぞ」
それだけ残し、里川の姿は溶けて消えた。
テールの視界が点滅し、眩しい光が目に差し込んでくる。
思わず目をつぶって、ゆっくり開けてみる。
「テール!」
「おわあああああ!!?」
「あっぶねぇ!」
『小僧落ち着け!』
最初に捉えたのは、ダムラスの顔だった。
驚いて手を動かすと、灼灼岩金を手に持っていたらしく、彼の頭上を掠めた。
混乱していたがとりあえず動きを止め、今周囲で何が起こっているかを確認する。
そこにはダムラスを初め、ギルドマスターのナルファム、メルが側にいて、木幕と槙田、レミ、スゥが少し離れたところで心配そうにこちらを見ていた。
更にいつの間にかこの国の王子、アディリダスもいる。
話を聞いてこちらに駆けつけてくれたらしいが、テールは未だに現状を理解できていなかった。
「えっ? えーっと? 僕、何してました……?」
「何してたじゃねぇよ! 石像みたいに固まってびくともしなかったんだ!」
『『灼さんも反応しなかったしさぁー! びっくりしたなぁーもー!!』』
「え、ええ……?」
太陽を確認してみたところ、そこまで時間が経っているというわけではないらしい。
それは良かったのだが、灼灼岩金も反応がなかったということと、自分が動かなかった……いや、動かせなかったということに首を傾げた。
里川の記憶を見ている間、自分に何が起こっていたのだろうか。
とりあえず手を握ってみるが、変わった所はない。
灼灼岩金を持つ手の感触もしっかりとあるし、体に不調を訴える箇所はなかった。
すると、メルが迫ってくる。
「な、なんともないのね!?」
「うん、大丈夫。ていうか……どうしてアディ様まで……」
「きわめて特殊な症状だ。古の呪いに近い症状を一つ知っていたからな。心配になって来てしまった」
呪いと聞いて背筋が凍った。
ばっと灼灼岩金を見てみたが、彼はすぐに弁解する。
『違うぞ!? 我ではない!!』
「分かってますけど、灼さんの中にある記憶を見てたんですよね……僕は」
『我は眠っていた。最後に主から記憶を見せた、と聞いただけ……。その間、お主は石像のように硬直していた、か』
「なんか、よく分からないです」
『我もだ』
二人で首を傾げる。
テールは記憶をすべて見ていたが、灼灼岩金はその様子を知らなかったらしく、最後の最後に里川本人から、テールに自らの記憶を見せたと説明した。
どういう原理かは分からないが、その間テールと灼灼岩金は固まり続けていたらしい。
押しても動かなかったということなのだが、なんとも信じがたい。
だがあの記憶は、恐らく本物だ。
彼が過ごしてきた本当の人生を見て、テールは今手に持っている灼灼岩金の研ぎ方を理解していた。
早速取り掛かろうと思うのだが、こうも周りに人がいると落ち着かない。
王子もいるので、他の冒険者や国民、騎士団の人たちがこちらを見ているのだ。
「ううん……」
「テール」
低い声が聞こえた。
木幕が立ち上がり、槙田と共にこちらへと歩いてきたのだ。
事情を察してくれたのかとも思ったが、そういうわけではないらしい。
彼は周囲に集まった人々に見守られながら、テールの前にしゃがみ込む。
「……研いでみせよ」
「……はい!」
彼にそう言われたのであれば、研がないわけにはいかないだろう。
テールはすぐにその場にしゃがみ、水を砥石へとかける。
そして今一度、灼灼岩金を砥石に置いた。




