12.11.後方からの矢
その言葉に、里川は首を傾げた。
当時の日本にいた馬は小柄で、体高までが約百二十~百四十程度しかなかった。
昔の日本人も背が低かったとされているので、座高から考えると馬に乗っても約二メートル程だろうか。
世話に慣れていないとはいえ、馬には乗っていた時期もあるし、なんなら人並みには操れる。
毎日一度は目にするということもあって、そこまで脅威ではないと考えていた。
だが、村中曰くその考えは甘いとの事。
「騎馬とやり合うのは、想像をはるかに超える度胸がいるぞ」
「……そうか」
心の底から信じてはいなかったが、今回がその一戦となる。
そこで経験を積めばいい、と里川は考え、未だに決着がついていない重鎮たちへと視線を向けた。
「……由田様から『任せた』と言われてるからなぁ……」
「ああ。若の我儘に構ってられん。罰ならあとで共に受けようぞ」
「そうだな。……弓兵!! 前に!! 幸い敵の来る方角は分かっている! 矢を番えて時を待て!!」
「!!? なにを……!?」
里川が急に指示を飛ばした物だから、由田信友は驚いた様子でそちらを見ていた。
重鎮たちも驚いていたが、今すぐにでも動かなければならない状況だ。
なので膠着した現状を打開してくれた彼には心の底で感謝していた。
それに命令無視という罰を受けるのは里川だ。
自分たちが罰せられることは避けられる。
とはいえそれではあまりにも不憫だと感じている重鎮もいたらしく、帰ったら口添えしてやろうと心に決めた者も少なからずいた。
「槍兵は弓兵の後ろにつけ! 敵が見えたと同時に前に出ろ! 残りの者は槍兵の後に続け!! 死にたくなかったら早く動け!!」
『『『『おうっ!』』』』
丸山が状況を伝達していたおかげで、状況を飲み込んでいた兵士たちは一気に動き出す。
陣形を整えて弓兵が前に出て、いつでも射れるように矢を番える。
「此度の戦、弓兵共の腕にかかっている! 馬を狙え! 先頭の馬が転倒すれば後続の勢いが落ちる!」
「里川!!」
「っ! 東沙殿!」
声を掛けてきたのは東沙治道という重臣だった。
彼は怒鳴る様にしてこちらに近づいてきたが、それは場所が遠かったからに過ぎない。
近くに馬を寄せて側に寄ると、真剣な顔つきでこちらを見た。
「この道は狭い。百騎となれば縦長の陣で攻めて来るぞ。弓兵を山に登らせ、横矢を掛けた方が良いのではないか」
「もう時間がありませぬ。それに横矢は、馬には当たりにくう御座います。弓兵の数も限られております故、真正面にて狙い射るのがよろしいかと」
「左様か。管元! 水篠! 若を連れて弓兵を頼む!」
「「は、はっ!」」
「残りの者、前へ出るぞ! 弓兵は合図を待て! この場にて山賊を殲滅する!」
東沙の号令は全員に届き、更に彼による指揮は正式な命令になる。
里川に従ってもよいのか、と困惑していた兵士もそれを払拭し、前に立って敵の接近を見逃さないように目を凝らす。
弓兵で騎馬兵の足を緩める。
東沙が号令を出すため日本刀を抜刀し、天に掲げた。
重圧を感じさせる騎馬の足音がもうまじかに迫ってきており、弓を番える手が震えている。
だがそれをくっと堪えて力を込め、狙いをすぐに定めることができるように、集中した。
騎馬の頭が見えた。
大男が先頭を切っており、その後ろから次々と馬が駆けてくる。
東沙の言った通り縦長の陣形で突っ込んできており、山賊たちは槍やら刀やら、といった様々な武器を手に持っていた。
雄たけびを上げながら武器を振り上げており、こちらは四百もの兵がいるというのに、馬の足音も相まって何倍もの兵が向かってきているような錯覚にとらわれた。
(これは……村中の言う通りだったな)
まだ間近くに来てもいないのに、確かに恐怖を感じる。
馬という自分の何倍もある大きな存在が、人を乗せて攻撃してくるのだ。
確かに想像をはるかに超える度胸が必要だった。
「放てぇーぃ!!!!」
東沙の号令によって、一斉に矢が放たれる。
それは見事なな放物線を描いて先頭集団に突き刺さり、一気に十数騎の騎馬が転倒していった。
中には山賊にだけ当たって落馬した者もいる。
その勢いは緩みこそしたが、未だに止まらない。
東沙は第二射の準備を急がせ、敵が接近してくる前に掃射させる。
距離が近くなったということもあって今度は約二十騎の騎馬が転倒した。
それによって勢いが目に見えて削がれる。
「突撃ぃー!!」
『『おおぉーーーー!!!!』』
東沙はもちろん、里川もその一行たちも一斉に突撃していく。
だがその瞬間、こちらにも弓が飛んできた。
どうやら後方にいた騎馬は弓を持っていたらしい。
飛んできた数は少なかったが、少なからずこちらも損耗した。
だがそれで突撃を止めるわけにはいかない。
騎馬の動きが鈍っている今を狙わなければ、今度こそ大きな被害を受けることになる。
誰もが全力で疾走して接敵し、槍兵は槍を突き、刀を持っている者は乱暴に振るった。
東沙は大太刀を使って薙ぎ払い、その後ろを里川一行が走って馬や山賊を切り付けていく。
それにより突破口が開かれ、味方兵士が一気に流れ込んで馬の流れを完全に止め切った。
こうなってしまえば騎馬による突撃戦法はもう使えない。
しかし馬上攻撃は注意を払わなければならず、それを怠った者は頭をかち割られて倒れてしまう。
乱戦にもつれ込んでみると、山賊は意外と強かった。
こちらは民兵による足軽構成なのに対し、相手は屈強な肉体を持ち、なおかつ乱暴な戦い方をし続けてきた山賊だ。
大将と思わしき大男が何とも力強く、彼の持つ金砕棒は武器をへし折ってそれを相手に顔面に押し付けてくる。
危険な相手。
だがその首を取ればこの戦いは消化試合になる。
東沙と里川は即座に彼の方へと走り出し、その刃を向けた。
「がっ!?」
「な……!?」
隣を走っていた丸山の背中に、矢が突き刺さった。
バッと後ろを振り返ってみると、酷く狼狽した由田信友が真っ赤に染まった日本刀をこちらに向け、弓兵に指示を出していた。
彼の乗る馬の足元には、後ろから頭を割られたであろう弓兵の骸が横たわっている。
「う、うて!! 撃たぬ者はきょ、極刑に処す!! この場にて!!!!」
「若!!!!」
「皆の者よせ!!」
「うてええええ!!!!」




