2.10.Side-メル-解体
木々が折れ、大地に巨大な足跡がついて地面を揺らす。
歩くだけで災害を引き起こすような存在がギョロギョロと目玉を動かして周囲の敵を数えていく。
トラのような体に二本の角、そしてハリネズミの様に鋭い毛を有している魔物は大きく息を吸った。
大地が唸り声を上げたと同時に咆哮が上がり、近くにいた人物たちは身をこわばらせる。
しかしそれが許されるほど今相手にしている敵は優しくない。
止まっている人間などただの的。
目障りな障害物を長く鋭い毛を持つ尻尾で薙ぎ払う。
だがしかし、手応えが一切なかった。
「!?」
「よっ!!」
「ギョアアッ!」
尻尾で薙ぎ払った時に生じた砂煙の中から鋭い金属製の武器が突っ込んでくる。
一瞬のことだったので魔物は避けることができず、その攻撃を腕に喰らってしまった。
だがこの程度の傷は少し怯ませるだけですぐに対処されてしまう。
槍を突き刺している人間に噛みつこうと口を開けた瞬間、槍から……いや、人間が光った。
「ボルトスピア!!」
「ゲアガッアアアギョッアアアッ!?」
雷魔法を発動させたアイニィは完全に魔物の動きを停止させる。
この魔法を使うには時間がかかるが、コレイアの魔法でかく乱させることができたので問題なく発動させることができた。
攻撃力は申し分ない。
魔力もまだ十分体に残している状態での強烈な一撃は、パーティーを有利にさせてくれる布石だった。
「メルー!!」
「はいはい!」
アイニィがそう叫んだ瞬間、雷魔法を止めた。
魔物を蹴ってその場から飛びのき、メルに攻撃を譲る。
体に走る電撃によるダメージにしばらく苦しんでいた魔物だったが、すぐに顔を振るって警戒をした。
なかなかの回復力と耐久力だ。
しかしすでにメルは懐に入っていた。
剣を抜刀する。
ナルファムギルドマスターから貰った物で、テールに研いでもらった剣……両刃剣・ナテイラ。
下段に剣を下したまま、巨大な魔物の首に狙いを付ける。
その瞬間水が足元に広がり、メルが跳躍するのに合わせて勢いよく吹き上がった。
一瞬で魔物の喉元にまで接近したメルは下段に降ろしていたナテイラを力強く握り、強引に斬り上げる様にして振り抜いた。
ズバツンッ!
巨大な首が大きく切り裂かれ、大量の鮮血が噴き出した。
「ォギェアアアア!? ゴボギョゴボギョギョエァ!?」
どうやら血液が声を出す器官に入って上手く声が出せなくなったらしい。
もがき苦しみながら暴れまわっていたが、次第に弱弱しい声を出しはじめた。
それに合わせて動きも単調になっていき、腕を上げる力もなくなったところでようやく地面に倒れ伏す。
瞳の中で真っ赤に燃えていた炎の火が吹き消されたかのようにして瞳孔が開き、ようやく巨大な魔物は沈黙した。
動かなくなるのを見守っていた三人の女性は、そこでようやく一息つく。
彼女たちはそれぞれが離れた場所に居たが、仲間の位置は把握していた。
すぐに合流しようと、魔物が倒れた場所まで走っていく。
「ぎゃああ!? メル!? なにそれ!!」
「えへへ……」
「下からの攻撃だったからね。血が降りかかるのは普通のこと」
合流した途端目に入った光景は、真っ赤に染まったメルの姿だった。
コレイアが冷静に分析して頷いているが、一人の女の子がこんな血まみれであっていいはずがない。
「いやそうだけど! そうだけどちょっとそれはヤバいわ!? コレイア! 水! 水を出して頂戴!」
「はいはい」
コレイアはすぐに杖で地面を突き、呪文を唱える。
「水よ。湧き出るその身は小さな器に収まることはなし。救うに長ける精霊の長よ。救うは厭わん何人たりとも。我の前に姿を現し、かの者の穢れを落としたまえ。ウォーターシャワー」
詠唱を終えると、杖の周辺から水が生成された。
少し滞在した後メルに降りかかり、ドロドロに汚れてしまった体を洗い流していく。
綺麗な白い髪を念入りに手入れさせ、返り血をすべて落とした。
戦闘後ということもあって、水を浴びるのは気持ちがいい。
完全に汚れが取れた後、魔法袋からタオルを取り出して水気を拭いていく。
「さっぱり! コレイアありがとう」
「どういたしまして」
「どうやったらそんなに短い詠唱で水を出せるのか教えて欲しいわ……。さ、二人とも。ちゃっちゃとこれ片付けちゃいましょ」
「「……」」
二人はアイニィが指差した巨大な魔物を見る。
討伐から解体までするのが冒険者の仕事だとはいえ、やはりこれは大きすぎた。
話では熊よりも少し大きい程度だという話だったのに、実際に見てみればその五倍はあるではないか。
楽な仕事だと思っていたのにこうなってしまうとやる気が一気に削がれていく。
なにせ解体が一番大変なのだ。
この辺は依頼主のいる村も近くにないし、完全に自分たち三人だけで仕事をしなければならない。
日が回っても作業をし続けなければ、帰ることはできそうになかった。
魔法で簡略化できるのは血抜きのみ。
あとは手作業が主となる。
とりあえず内蔵だけはしっかり処理しておけば問題はないので、手始めにそこを片付けることにする。
これも魔法が必要になるので、コレイアに水を大量に用意してもらった。
「とりあえず血抜きするよー」
「アイニィー。お腹割るの手伝って~」
「はいはい」
何の気なしにアイニィはいつもの様にナイフを手に取った。
それは、テールに研いでもらったナイフである。
腹を掻っ捌くためにチョンッと切っ先を入れて何の気なしにナイフを動かすと、ズバッと大きく切り裂かれた。
予想とはまったく違った感触、更に予想以上に大きく切断された箇所を見て驚いてしまう。
「わああああ!?」
「ふふふふっ、切れるでしょ?」
「え? なんで急に……。あっ。そ、そういえばこれ……メルの幼馴染に……」
ようやく研いでもらったことを思い出したアイニィは、そのナイフをまじまじと見る。
血液は一切付着しておらず、美しい刃はそのままにまだまだ鋭い切れ味を保持しているようだった。
「……」
「ねっ! ねっ! 凄いでしょ!」
「あー……うん。考えるのはあと! とりあえず終わらせるわよ!」
「ちょっとアイニィ! 認めてよ! ねー!!」
常にそんな会話をしながら、巨大な魔物の解体を進めていったのだった。




