12.7.突破
ガゴッ……と閂が外される。
その瞬間四人の男が一気に門を押し、扉を一気に開け放つ。
通れる道ができた瞬間一斉に飛び出し、目の前にいた兵士を次々に切り伏せて混乱を招いていく。
急に飛び出してきたかと思えば、物の数秒で八名が切り伏せられたのだ。
彼らの屍を乗り越えて飛び掛かり、更に二名、四名と死傷者が増えていく。
敵の人数はかなり少ない。
とはいえそれは近くにいる敵だけであり、遠くにはまだ多く居た。
それがこちらに来る前に、片方の道だけは制圧しておかなければならない。
よって丸山家の者たちが敵を引きつけつつ、里川たちが大志乃の案内に続いて目の前にいる敵をなぎ倒していく。
丸山家の足止めのお陰で、こちらには敵兵士がなだれ込んでこない。
彼らに心の中で感謝しつつ、前を向いて目の前の敵を二人切り伏せた。
「こっちです!」
「よし!」
騒ぎに乗じて逃げることはさして難しい事ではない。
その中心は里川家にあるのだ。
そこから少し離れれば、こちらに注意を払うのは難しい。
それから数人を切り伏せ、道を走っていく。
敵が居なくなってきたので刃を納刀し、夜道を歩く民衆を驚かせないように丸山家が懇意にしている万屋へと向かった。
丸山家が居なければ、ここまで上手くはいかなかっただろう。
「……と、まぁこれが一番最初のくそ主から逃げた時の話だ」
「それからどうなったんですか?」
「その万屋に丸山が説明をして、逃がしてくれた。丁度出発する予定があった積み荷が残っていてな。それで越後に向かった」
場面が切り替わり、馬車で転寝をしている若き里川がそこにいる。
仲間たちは会話をしながら、馬車の護衛を務めていた。
「……それで結局、どうして里川さんは……里川家は攻撃されたんですか?」
「あとになって知った話だが、俺が討伐した山賊の頭。あいつと元主の棚場は繋がりがあったみたいでな」
「え」
「殺されてしまって困ったんだろうな。山賊が隠し持っていた物資は里川家が押収した。それで、その繋がりを露見されるのを恐れたんだろう」
その山賊は、この辺ではとても有名であり城にも手を出すほどの力があった。
とはいえ人が多いわけではなく、略奪して兵士が来る前に退散するという非常に嫌らしい動きをする者たちであり、その城の情報などを棚場は教えたり、逆に敵の情報を買うといったことをしていたようだ。
なので山賊討伐を行った里川ではあったが、これは初陣であったし、山賊とぶつけあうつもりは毛頭なかった。
棚場から伝えられていた策は彼らを避けるような徘徊ルートであったが、頭の悪かった里川は道を間違えてしまい、運悪く山賊の頭と接敵してしまったのだ。
山賊を追い詰めるために完全武装していた里川一行。
すぐに弓を放って牽制し、山賊の馬の足を止めてから全軍で襲い掛かり、三十分程度で鎮圧してしまった。
山賊からしてみれば話が違う、と思っていた事だろう。
「とまぁ、そんなこんなで、攻めて来たって訳よ」
「な、なるほど……。それで、これからどうなったんですか?」
「ああ。残った仲間を連れて、俺は一人の武士を訪ねた。無論、名前は里川器に戻している。あのくそ野郎から貰った名前など、要らなかったからな。他の皆もそうした」
実質的に武家の地位を放棄してしまったのだから、仮名は不要だった。
だが里川は力ある者の下に着くのは、嫌いではない。
そこから再起し、いつか棚場家を滅ぼすと覚悟を決めながら、残った者たちと共に海東という武士の下へ、だめ元で従者に、と志願してみた。
その時里川は、仲間に自分のことはため口、呼び捨てで接しろと命じている。
上下関係が発生すれば何かとややこしくなりそうだと感じたからだ。
「そんで実力が認められて、二番目の主、海東隼三郎の従者になった。衣食住が確保できただけよかったな。あん時は」
「えっと……里川さんって、三回裏切られたんですよね」
「ああ」
「でもなんか……聞いてた話と違う……ような?」
テールは木幕から教えてもらったことを思い出す。
彼は忠実過ぎて恐れられたから、裏切られたと聞いている。
女子供も容赦なしに殺戮するというはずだったが、今回の件を聞いていると、何だが事実とはそぐわない。
里川は顎をさすりながら、小さく唸る。
「……確かに俺は、情け容赦なくすべての者を切り伏せたことはある。だがそれは、山賊の頭になってからの話だ」
「ということは……」
「俺が有名になったのは、山賊になってから。それから過去が掘り返され、話に尾ひれがついたのだろう。だが今見ているのは事実だ。よく見とけ、テール。次はこの主を“俺が捨てる”ことになった一件が起こる」
背景がまたぼやけ、鮮明になっていく。
そこでは里川が縁側に立っており、その奥にある畳をじっと見ていた。
真っ赤に染まった血液が畳を濡らしている。
里川についてきた仲間たちも刀の鞘を握りしめ、カタカタと怒りの籠めていた。
そこに倒れているのは、見知った人物。
血塗られた刃を握っているのは、里川ではなく海東であった。
里川の仲間たちは、井島正義の死体を、怒りながら、呆然と、理解できないかのように、眺めていた。
「……え? 里川さん……」
「そうだ。井島は、殺されたんだ。海東にな」




