12.5.山賊殲滅
棚場は扇子を広げて、扇いでいた。
声を出したことで厳格な表情は笑顔に代わり、パンと膝を叩く。
「よもやあのわんぱく小僧が、近辺を荒らし回っていた山賊の頭を切り伏せようとは、誰が思ったか。なぁ、里川よ!」
「お褒めに預かり、恐悦至極にございまする。されど成すべきことを成したまで。それに棚場様の采配あっての成果でもあるのです。某だけでは、追い詰められなかったでしょう」
「そう謙遜するな。ほれ、見てみよ。お主の親父は自分のことでもないのに鼻を伸ばしておるぞ?」
「た、棚場様……!」
その場に集まっていた家臣たちが、一斉に笑い出す。
笑い方には人それぞれ個性があり、どのような人物であるか、というのが何となくわかった。
声を張り上げる者は膝を叩いており、豪快で強気そうだ。
くつくつと笑う老人たちは里川が茶化されているのが可笑しいらしく、方頬で笑う。
長年の時を経て人格が整うと、こうなるのかもしれない。
中には鼻で笑う者、全く笑わない者も多かったが、彼らは可笑しいというより、少し不満を抱いているように感じられた。
彼らの方を見ていたテールに気づいたのか、里川が指を指す。
「あいつらはな、俺の親父が気に食わねぇ奴らだったんだ」
「え、そうなんですか?」
「武功だけでここまできたからな。奴らは知略を持って軍議に出るが、やはり最後は武を極めた者に頼らざるを得ん。戦しかできぬ奴だと、時折バカにされていたな」
「どこの世界でも、同じようなことが起るんですねぇ」
そりゃそうだ、と里川は鼻で笑った。
だがそれは嫉妬から生まれることが多い。
優秀である者の実力を否定するような彼らでは、これより先、上は目指せないだろう。
しかし、里川は冷たい視線を彼らに向ける。
小さくため息を吐いて舌を打った。
「あいつらの知略に負けたと思うと、ふむ……。やはり、腹立たしい」
「え?」
「俺はこの時、名を器から藤一朗兼弘に変えたのだ。器は幼名。成人しこの名を賜った。この時の俺は十六だったな」
「十六歳で、山賊を……?」
「ああ」
「すごぉ……」
「そこが分岐点だったのやもしれんが」
そういい、里川は手を振るう。
すると景色がまた変わり始め、ぼやけてから鮮明になっていく。
「見ていろ」
里川はそういい、その場に座った。
テールは立ったまま周囲を確認してみたところ、今映し出されている光景は、里川家の者たちが懸命に迫りくる敵と戦っている場面だ。
既に家には火が放たれており、瓦は割れ、柱に突き刺さった火矢が燃え、畳に移って炎上していく。
裏庭の門、屋敷の表門、兵を梯子で乗り越えたりと様々な方法で敵は攻め込んでおり、一定の間隔を置いて火矢が放たれる。
運悪くそれにあたって傷を負ってしまう者、数に押されて素槍で串刺しにされてしまう者。
必死の抵抗を見せている里川家一同ではあったが、数の暴力に勝る術は持ち合わせていない。
「父上ー!! 母上ー!! おのれ原好めぇ……!! 自らの旗を掲げて来るとは大した度胸ではないか……!」
「藤一郎様!! 貴方様だけでもお逃げください!!」
「なるか馬鹿者が!! 我らの居場所を守り通さねばならぬ! 兵揃いの里川家に刃を向けた事、後悔させてくれる!!」
「違うのです藤一郎様! これは……! 棚場様のご指示かと……!」
「……なんだと?」
ひょうと風を切る音が聞こえた。
それに素早く反応し刃を振るう。
三本の矢を軽く弾いて血振るいをした後、隣にいる若き家臣を睨みつけた。
「どういうことだ……!」
「どうせ最後、この際だから言わせていただきますが、何ゆえ気付かぬのですか。今までどれ程持ち堪えましたか!? 半刻は経っております! 棚場様のお屋敷はここからどれ程歩けば着きますか!?」
「……! さほどもかからぬ……!」
「これだけの兵を隠せたのはどうしてですか!?」
「……黙認……していたからか。だが……だがぁ……! だがなぜなのだ!! 我らを攻める大義名分がどこにある!!?」
ギヂッと柄を握り込み、間近に迫ってきた兵士の胴体を両断した。
力任せに振り抜いた斬撃ではあったが、それは鎧を砕き、骨を真っ二つにし、兵士はその場に糸が切れた操り人形のようにべしゃりと倒れる。
これが、過去の里川藤一郎兼弘の実力。
十六にして凄まじい剣豪であったが、頭の方は親譲りであり難しい事は分からないたちだった。
だから今隣りで叫んでいる若き家臣、井島源三郎正義が常に側についていたのだ。
彼は幼少期より彼のお目付け役として仕え続けていた、里川家の重鎮、井島鷹正の長男である。
彼も剣術の実力はあるが、どちらかというと知略の方が得意であった。
今回の騒動は事前に察知することはできたかもしれないが、主である棚場がこうして動かないのであれば、これに同意する者が大多数を占めたということに他ならない。
だからこそ、見つけられなかったのだろう。
そもそも、話を聞いた時点で仲間に引き込まれているはずだ。
主がこれに同意しているのであれば、もしこの戦いに勝ったとしても、常に命の危険に晒されることになる。
里川のらんらんと光る眼が、未だにこちらを向いている。
諦めていないその瞳はこちらにも勇気をくれるようではあったが、井島はその衝動を抑えた。
彼の問いに答えている余裕はない。
そもそも、未だによく分かっていないのだから、下手なことを口にする事はできないのだ。
だから今できる最善策を口にした。
「生き延びれば、必ず再起します」
「尻尾を巻いて逃げろと申すか!!」
「逃げるしか手立てがないと申しておるのです!!」
井島が初めて自分に向けて怒鳴ったことに、里川は一歩身を引いた。
「この時は、びびったなぁ……」
「……大人しそうな、顔をしてますもんね」
「ああ」
懐かしい光景を見て、思わず笑みがこぼれる。
これだけ辛い現実だったというのに、傍から見てみるとこう見えるものなのか、と少し驚いた。
若き里川は井島の圧に気圧され、思わずコクリを頷いてしまった。
それを確認したのち、井島はすぐにこれからの策を打ち出す。
「この井島と里川様、そして今近場にいる者たち数名であれば、何とかなります」
「……父上……たちは……」
「…………この井島の口から言うことを、お許しください……。我々は──」
「いやいい。分かっている」
父親と母親を、探している暇はない。
それは、井島も同じことだった。
更に今からこの脱出劇を成功させるために編成されるであろう者たちも、同じである。
里川の目に、炎が宿った。
それは憎しみから生まれたものであると同時に、悲しみを含んでいる。
テールは彼の瞳を見て、そう、思った。
「皆の者ぉ!! 井島に続け!!」
「「「!! は、はっ!!」」」
「丹波ぁ!」
「なんだい若よぉ!」
「──この場を頼む」
「合点承知ぃ!!」
ゴウと大薙刀を持ち上げた彼は、迫りくる敵に向かって猛進していった。
殿を頼むというのは、ここまで苦しいものなのかと、この時思い知る。
だというのになぜ彼は自らの命を惜しむことなく突き進んでいけるのか。
これは、殿を任せられた者にしか分からない感情なのだろう。
彼の背を一瞬だけ見て、振り向く。
現在集まったのは全部で八名。
たったこれだけの数で本当に突破できるのかと不安がよぎるが、井島は一切不安を抱いていないように感じられた。
成功する自信しかない、という顔だ。
長く付き合っていたが、これだけのことができる人物だとは、思っていなかった。
その井島が、先陣を切る。
「里川九人衆、参るぞ!!」
『おうっ!!』
先ほどの丹波を数に入れているのが分かり、さすがだ、と感心した。
里川九人衆はそのまま全力で走り、屋敷の鬼門側へと向かったのだった。




