12.1.貴方の番
本格的に驚異が去ったキュリアル王国は、残った国民、戦い抜いた冒険者、騎士団が共に協力しあって復興作業を開始していた。
たった数日間の戦いではあったが、延々と湧き続ける敵を相手にしていた兵士たちはぼろぼろで、家屋も初戦の大地震で殆んどが崩壊してしまっている。
これを修復するのには相当な時間が掛かるだろうし、物資の供給も滞っている今、まずは通路の確保を目的として、瓦礫や地割れなどの対応に当たっていた。
その指揮をしているのはなんと葛籠平八。
元大工の棟梁であった彼はこうした復興作業も何度か経験したことがあるらしく、ひときわ大きな声で指示を飛ばしている。
顔は怖いが彼の声を聞けば、見た目とは打って変わってとてもいい人なのだな、と理解することができた。
そのため誰もが焦ることなく、安全に注意を払って作業に取りかかっている。
「使えそうな建材は分けて置いといてくれ! 駄目そうなのは今日の薪にすっから、一ヵ所に集めといてくれなー!」
「分かりましたー!」
「これはどうします?」
「自分の判断で決めてくれ。そっちの方が効率がいい。素人が見て駄目そうなのは本当に駄目だからな。微妙なのは捨ててくれ」
「了解しました!」
この指示の結果、ほとんどの建材が廃棄されることになったのだが、残っている国民たちに炊き出しをしばらくしなければならないため、廃材はあるだけ余裕に繋がる。
それも考慮しての判断だったのだろう。
それに、新しく木を切り出したのに、それを燃やしてしまったら勿体ない。
どうせなら新しいのは、いい家を作るのに使いたいのだ。
外は彼らに任せ、テールたちは復興拠点となっている冒険者ギルドに集まっていた。
ここで治療も行っているので常に人がごった返しているが、早々に医療施設の整備を求める声が上がっている。
そちらは冒険者で対応することになっており、今現在ナルファムとダムラスが対応に当たっていた。
手を失ってしまったナルファムではあったが、レミの軽い治療を受けた後、すぐに業務に戻っていった。
誰もが心配と懸念の声をかけたが、彼女はそれを一切無視している。
無理はしないで欲しいものだが、この状況を防げなかったことに負い目を感じているのかもしれない。
結局は誰も止めることができなかったようだ。
そんな彼女がバタバタと動いて部屋を出ていくのを見送ったテールは、日本刀たちの前で大きな溜め息をついた。
『どうした、小僧』
『『幸せが逃げるぞぉー』』
「いやあの……あれをどうしようかと……」
ゆっくりと振り替えると、そこでは大きな声を上げて泣いている日本刀がいた。
先ほど木幕から受け取った、番傘の仕込み刀だ。
そのとなりで不撓が冷たい態度で慰めているのだが、もうあれは慰めではない。
感情をあまり動かさない彼女はそれがデフォルトなのだろうが、相手の心を抉っているのに気づいていないというのがたちが悪い。
番傘の仕込み刀は、主人である鎮身が倒され、テールの手に渡ってすぐに泣き始めた。
長年付き添っていた主人から離されるのが嫌だったと言う反面、主人を止めてくれた感謝の念が入り乱れ、未だ心の整理がつかず泣きじゃくっている。
気持ちは分からないでもない。
しかしこうも悲痛な泣き声を聞いていると、こちらは気が滅入ってきそうになる。
泣くな、ともいえないし、彼女が落ち着くまではこうして待機しているのが現状だった。
「名前も分からないですしねぇ……」
『放っておけばいい。久しくまともな性格をした日本刀だ。それだけで、まぁ良いではないか』
『『僕は?』』
『若造は、己がまともだと思うか?』
『『……まともだと思う!』』
「ちょっと悩みましたよね?」
隼丸の反応を可笑しく思い、テールはくすくすと笑った。
彼はこのメンバーの中でもまだ可愛らしい方だ。
ムードメーカーとまではいかないが、それに近い何かを感じる。
それにしても、久しぶりにこうして全員を並べてみたが……。
ずいぶん増えた。
灼灼岩金、隼丸、不撓、そして名前の分からない番傘の仕込み刀。
そのほかにも声を聴いた日本刀は、木幕の持つ葉隠丸、そして葉の小太刀。
柳の天泣霖雨、沖田川の一刻道仙、水瀬の水面鏡、槙田の紅蓮焔。
そういえば西形の一閃通しの声は聞いていないなぁ、と思い出しながら、テールは研ぎの準備を進め始めた。
「……」
『む? おい小僧、もう我を研ぐのか?』
「一番お世話になりましたしね……。そろそろ、一つくらい研いでおかないと」
『『もうテールは日本刀を研げる技術を持ってるし、大丈夫だとは思うけどね。でも灼さんが最初かぁ~』』
羨ましそうにそう言う隼丸だが、彼の能力はまだもう少し持っておきたい。
研ぐのは最後の方になるかもしれないな、と苦笑いを浮かべていると、心配そうに灼灼岩金が声をかけて来る。
『……小僧、もう一度聞くが、いいのか?』
「頼りっぱなしってのも、あれですし。いや本当、すっごい頼りになったんですけどね」
『我の奇術は使い方次第では、あの槙田を上回る。更なる強敵は今も尚小僧の首を狙い続け、その刃を向けて来るはずだ。我であれば、それを防ぐことができる』
「はい、分かってます」
『そうか』
意志は固そうだ。
灼灼岩金はテールの返事を聞いて、彼の中で何かが大きく変わったということが分かった。
今までは守られていたが、これからは自らを守り、手助けをしようという意志を感じる。
現状に満足していないその姿勢。
それを灼灼岩金は高く評価した。
であれば、これ以上止める必要ないだろう。
前々から、一番最初に研ぐのは灼灼岩金だと決めていたのだ。
彼はテールの師でもなんでもない、ただの武器ではあったが、テールからしたら、もう一人の恩師のような立場だった。
テールの真っすぐな瞳を見て、自分に対する味方を看破したところで、小さく笑う。
『……では、恩を返してもらおうか』
「今まで、ありがとうございました」
『気にするな。しかし、室内では好ましくない。外で研いでくれるか』
「はい」
そう言われ、テールはすぐに砥石を集める。
日本刀たちも回収し、全員で外へと向かった。




