11.48.私は気にしていない
テールの周りでは誰もが喜びを露わにしている。
地獄のような日々がこれで終息したのだ。
喜ばないわけがない。
だが、その中でテールと金の甲冑の男、そして騎士団長のギムロスは神妙な面持ちでいた。
何より驚いたのが、あの時王子に献上したアーミングソードが喋ったことだ。
そしてそれを手にしている金の甲冑の男。
テールは自ずと……目の前にいる男が誰なのか分かった。
何度か咳き込みながら体を無理やり起こし、少し息を整える。
灼灼岩金に心配されたが、それよりも彼の素性を知ってしまったので寝ているわけにはいかなかった。
「きゅ、キュリアル王国の……王子……様?」
「あの時は怪我をしていて会えなかったからな。アディリダス・ロア・ノースレッジだ。アディと呼んでくれて構わない。君が、磨き屋テールか」
「王子。彼は……」
「分かっているとも、ギムロス。口を挟むな」
「……はっ」
目の前にいる男こそが、このキュリアル王国の王子。
テールが研いだ剣を、献上した相手であった。
彼は兜を取り、その素顔を見せる。
綺麗に整えられた赤黒い髪の毛は、太陽の光が当たって少し明るく見えていた。
凛々しい顔立ちはまさに王族に相応しく、見る者を虜にしてしまいそうなほどだ。
真っ赤な瞳は燃える様に力強く、それで持って優しくこちらを見つめていた。
そして彼の手に握られているのは、やはりテールが研いだアーミングソード。
彼女は……元気にまた声を掛けてきた。
『テール様、お水を! お疲れでしょう?』
「……わぁ……」
なんだか心の整理がつかず、もやもやとした感情が胸の内で燻っている。
いわばテールは、このアーミングソードが原因で冤罪を掛けられて追放されてしまったのだ。
その被害者もここにいる。
どういった顔をして目を見ればいいか分からず、アーミングソードばかり見てしまう。
あの一件に関しては、自分たちは絶対に悪くないと断言できる。
しかしそれを口にしても、王族である彼らは信じてくれるだろうか?
この国で絶対的な権力を持っている張本人が、今目の前にいる。
王子であるアディリダスが……弁明を聞き届けてくれなかった王から自分のことを何と言っていたのかは、想像に難くない。
とにかく悪人に仕立て上げられているに違いなかった。
だが、そこでアーミングソードの存在がちらつく。
一度折れた武器を、再加工して使うということがあるのだろうか?
悪人に仕立て上げられたテールが研いだ武器を、大事に今の今まで持っていたというのもなんだか考えにくい。
では何故?
疑問が多く浮上してきたが、アディリダスの顔を見ることができない心境の中、その問いをぶつけることはできなかった。
しかし、アディリダスは視線に気づいたのだろう。
アーミングソードに目線を落とし、ガードを一度指で弾く。
「私が回復した後、君の話を聞いてな」
「……」
「今まで何本もの剣を献上してもらったが、ここまで見事なものは初めてだった。初めは一人の鍛冶師が打った物だと聞いていたが……磨き屋の話を聞いて興味を持った。だがすでに追放されたと言われ、私はどうすることもできなかった」
「……え?」
話が悪い方向に進まないことに、首を傾げた。
キョトンとしていると、灼灼岩金が喉を鳴らす。
『こやつ……。話がおかしいと分かっていたのか』
彼の言葉はもちろんアディリダスには聞こえていない。
なのですぐに、続きを話し出す。
「話を聞いた時、おかしいと思った。不遇職とされている研ぎ師が、狙ったかのように剣に小細工を仕込むのか、と。そんなことをするメリットが君たちにはない。なんならこの仕事を通じ、出世と名誉挽回を試みるのが普通だ。ああ、だが今回は、うちの者がそれを阻止したのだったか。パーシィから聞いたよ」
懐かしい名前が出てきた。
パーシィはテールたちに研ぎの仕事を任せに来た執事であり、自分たちを守るために今回の仕事を内密で行うようにと提案してくれた人物だ。
不遇職の研ぎ師が研いだ剣が、王子に献上されるとなったら鍛冶師は本当に黙ってはいないだろう。
実際、城に呼び出された鍛冶師も、その話を聞いて憤怒していた。
あの仕事を内密に行えば、また研ぎ師が日の目を見る日は遠くなってしまうことに少し難色を示したが、パーシィの人の好さが好印象だったので、テールとカルロはその提案の飲み込んだ。
それにあの時は冒険者であるアイニィから話が広まればいい、という保険もあった。
だが結局は残念な方向に向かってしまったが。
そこでテールはようやくアディリダスの目を見ることができた。
彼の瞳には、怒りの表情はなく、恨みの気配も感じられない。
どちらかというと、酷く優しい瞳をしているということが分かった。
「お、王子様は……」
「アディでいい」
「アディ様は……僕に被せられた罪に、疑問を……?」
「そもそも」
アーミングソードの美しい剣身を見ながら、彼は続ける。
「冤罪であるならば、真犯人が城内にいることになる。私を陥れようとした真犯人がな。それを君に冤罪を掛けることで逃がしたとなれば……その脅威がまだ足元にいることになる。なんの進展にもなっていないのは、分かるだろう?」
テールはコクリと頷いた。
雰囲気が少し柔らかくなったアディリダスは、小さく笑う。
「だから君に、話を聞きたかったんだ。パーシィから聞いたよ。夢の中で、何か見たんだって?」
「そ、そのアーミングソードが……細工されている夢ですが……」
信じてくれるのだろうか?
ただの妄言として、あの時は一蹴された。
当時のことを思い出して口を閉ざすが、アディリダスは真剣な表情のまま頷く。
「それで?」
「……あの時、パーシィさんの隣りにいた……もう一人の執事さんが、細工をしてました……」
「ロモンドか」
「えと……。信じてくれるんですか?」
「もちろん」
その真っすぐな言葉は、嘘偽りのないものだった。
彼は何故ここまで夢の中の話を信じてくれるのだろうか。
それに、研ぎ師に対して不遇職だと軽蔑しているようには見えず、とても友好的に感じられた。
戸惑いを隠せない中、アディリダスは立ち上がる。
騎士団長のギムロスに小声で何か指示を出し、兵士数名を引き連れて城へと戻らせた。
アディリダスは依然としてこの場を離れる気はないらしく、更にはテールにずっと引っ付いているつもりらしい。
そこで思い出したかのように、テールへと声を掛けた。
「ああ、それと」
「えっ……はい」
「私は君を気に入っている。そして、君の罪は冤罪として処理するつもりだ」
「え!!?」
思いがけない言葉が飛び出し、目を瞠って驚いた。
もちろん二つの意味で。
冤罪を認めてくれるのは当然ではあるが、まさか王子直々に認めてもらえるとは思っていなかった。
だが王族に気に入られるなど、これからどうなるのか想像がつかない。
嬉しさと戸惑いが交差する中、アディリダスは小さく呟く。
「……国王は一夜目で家族を置いて逃げたしな」
「……え?」




