2.8.受け渡し
翌日……。
いつもの様にカルロを叩き起こしたあと、テールは店のカウンターに立って人を待っていた。
今日はメルの仲間のアイニィにナイフを受け渡す日だ。
今更ながらこれで大丈夫なのかと不安になり、鞘からナイフを抜いて輝きを確認する。
光に当てれば反射して壁に光が当たった。
自分の顔が映るほどに綺麗な刃だ。
指先で切れ味を確認するが、こちらも特に問題はない。
静かに鞘の中に納めて木箱に戻す。
あとはアイニィが来るのを待つだけだ。
「……ちょっと早すぎたかな……」
初めての冒険者からの仕事ということもあり、明らかにまだ誰も外で活動していない時間帯にカウンターにいる。
気が急いてしまったので仕方ないと言えばそうのだが……。
それに気付くと途端に手持ち無沙汰になった。
ここで研ぎの作業をする道具はないし、お客さんは基本的に来ない。
店内のショーケースに飾られている剣を見て回っても変わりはほとんどないだろうし、人の出入りも少ないので掃除の必要もあまりない。
とはいえ暇だ。
久しぶりにショーケースに仕舞われている武器たちを手に持って見て確認してみるかと思い立ち、鍵束を持って一つのショーケースを開けた。
中に入っていたのはロングソード。
これを鏡面仕上げにするのはとても大変だったということを覚えているが、それは昔のテールだったからだ。
今はこれくらいなんともない。
「……」
目をつぶってスッと剣を構えた。
父親であるリバスから教えてもらった構えを今も覚えており、数日に一度は剣を振ることもある。
彼の構えは下段からの切り上げが基本となっている我流の剣だ。
中段に構えた剣を重力に任せて下段に落とし、跳ね上げる様にして斬り上げる。
瞬発的な力が体全身を走り抜けて一瞬だけ自分でも分からない動きをしてしまう。
だがメルはこれ以上の技術を有している。
五年という歳月は長すぎた。
今から剣術スキルを貰って追いつけるか不安になる。
「あっ」
目を開けてみるとカーテンが床に落ちていた。
タイミングよく風に揺られて剣の軌道上に侵入してしまったらしい。
しかし切ったことにはまったく気付かなかった。
自分が鈍いだけだったかもしれないが。
とりあえずロングソードをショーケースに仕舞って鍵をかけ、切ってしまったカーテンを取り外した。
新しいカーテンを持って来て取り付けた時、丁度いいタイミングで扉が開く。
「テールおはよー!」
「おはようメル。アイニィさんは?」
「いるわよ」
アイニィはメルの後ろからひょこっと顔を出した。
今日は二人でしか来ていないらしい。
しかしこんな朝早くに来るのは少し予想外だ。
冒険者も朝は早いのだろうか?
「で、できてるの?」
「完成していますよ。ちょっと待っててください」
タタタタッとカウンターに走っていき、ナイフの入った木箱を持ってアイニィの前に立つ。
しかし箱を見た彼女は首を傾げた。
「……? なにそれ?」
「この中にナイフが入ってます」
「わざわざ木箱に入れるの? そんなのどうせ使わないわよ?」
「な、なんて言うんですかね……。僕たちがそうしたいんです」
磨かれて綺麗になった武器をそのまま置いておくというのは、どうしてもテールにはできない。
これはカルロも同じだ。
長い時間をかけて美しく仕上げた刃物はできるだけ傷を付けたくない。
せめて自分たちが保管している時だけは。
だからこうして綿の入った木箱に入れるのだ。
メルが依頼した剣も同じ様に保管していた。
それに、そっちの方が高級感が増すので貴族には人気なのだ。
「ふーん。まぁいいわ。でも木箱は捨てちゃうからいらないわ」
「分かりました。ではナイフだけ」
カコッという音を立てて木箱を開け、中にあるナイフを見せる。
見違えるほどに綺麗になった鞘を見て、アイニィはまた首を傾げた。
「……え? これ私の?」
「そうですよ」
「買い替えたとかじゃなくて?」
「そんなことしないですよ!?」
「そうよアイニィ! そんなこと絶対にしないわ! それにほら、ここの凹みってあの蜂の攻撃を受け止めてくれた時のでしょ?」
「わっ、本当だ」
針を飛ばしてくる蜂のような魔物の攻撃に晒された時、ナイフがその攻撃を一度防いでくれたことがあった。
その時についた傷は今も残っている。
しかし少しだけカルロが修復しているので目立たなくなっているが、その傷がある場所はまったく同じ箇所だ。
昔から使っていたアイニィのナイフであることに間違いはなかった。
彼女はナイフを手に取る。
スッと中にある刃を見てみると、自分の顔が映る程に綺麗に輝いていた。
それを見て目をパチクリとさせ、鞘を持った指を一本立てて刃先を触ろうとする。
しかし明らかにマズい触り方だったので、テールは慌てて彼女の手を握って止めた。
「危ない!」
「わっ!? え、なに?」
「よ、よく切れますので気をつけてください本当に」
「ふーん……。まぁいいわ」
ぱっと手を振りほどいてナイフを鞘に仕舞い、腰から伸びているベルトに固定した。
すると彼女はそそくさと店から出て行ってしまう。
「あ、ちょっとアイニィー?」
「長い事居られないわよこんな所。さ、コレイアも待ってるから行こ」
「もー……。ごめんねテール」
「いいよいいよ。あのナイフを“使ってくれたらね”」
「今日は大物を狩りに行くから絶対に使わせるわね! 任せて!」
「お願いね!」
メルはそう言って、アイニィの後を追って店を出ていった。
冒険者に研いだものを使ってもらうのは、メルを除けばこれが初めてだ。
あとは彼女の反応次第。
しかしメルがいるのでことは問題なく進むことだろう。
「よし、じゃあ僕も仕事するか! ……金貨、八百の……」
金額を思い出して少し緊張するが、やると決めたのだ。
それに見合うだけの仕事をしようと、作業場へと足を運んだのだった。




