11.33.救出成功
聞き覚えのある声がした。
間違えるはずがない、とすぐに声の主の名を呼んだ。
まだ安全が確保されていないのにテールが走り出したので、西行は肝を冷やしたが気配を辿っても先ほどの男はいないようだった。
警戒心を解かないままテールの後を追う。
辿り着いた先は一つの牢屋だった。
ここは洞窟をくりぬいて作られているので涼しいが、長時間この場に閉じ込められるとなると体の節々に異常が生じてくるだろう。
牢の中にいる二人……。
その姿を見て、テールは少し驚いた表情を表した。
「か、カルロさん! 大丈夫ですか!?」
「ああ……はは……。お腹が空いて……はははは……」
『おお、こやつがそうか! 生きておったとは運がいい!』
目の前にいるカルロはとても痩せていた。
最後に見た日よりも骨ばって、頬がこけている。
顔色もひどく悪いが、彼は嬉しそうに笑って涙を流していた。
三日間水しか飲んでいないので体力の限界が近いが、それでもまだ生きている。
そんな時に助けに来てくれたのが、弟子のテールだったのだ。
こんなにいいタイミングで来てくれるとは、思っていなかった。
弱く笑いながら、笑みをこぼす。
「本当に……来てくれるとは……」
「こんな状況だから、何の許可も得てませんけどね。今助けます! 西行さん!」
「うん、任せて」
西行はすぐに魔法を使い、牢屋の中に侵入した。
黒い穴の中に入ってもらえば、あとはギルドへと繋がるようにしている。
テールの近くにも同じ穴を作り、入るように指示を出す。
そこで、カルロと一緒に牢屋に入っていた男が声を掛けてきた。
「俺も、助けてくれるか……?」
彼もここしばらく水しか口にしていなかったのだろう。
倒れて動けそうにない姿は無力に見えるが、その目に宿っている光は強く、まだ何も諦めていなさそうだった。
だからこそ西行は懸念した。
このまま連れて帰っていいのかと。
「……君が辻間の言っていた男だね? しばらくテール君を付けていたそうじゃないか」
「……ああ、あんた……。あのぼさぼさ髪の男の仲間か……」
男が落胆したように呟く。
バレているのであれば、これ以上の問答は無意味だと感じ、早々に脱力した。
「えっ? ちょ、西行さん、どういうことですか?」
「君の冤罪は非常に罪が重いと聞いた。さてテール君。そんな者を追放だけで済ますと思うかい?」
「……でも実際に僕は──」
「辻間が撒いてくれたんだよ。こいつからね」
西行は木幕の中にいる間、辻間に二人が出会った時の話を聞いていた。
無理に移動する必要はなかったが、何やら不穏な気配を放っている男が付けてきていたので、二人を魔法で空に飛ばして一気に移動したとの事。
辻間はしっかり男の容姿を覚えており、ある程度の実力も把握していた。
もしあのまま辻間が二人の元から去っていれば、この男にテールは襲われていた事だろう。
目的地は分かっていたのでリヴァスプロまではやってきたようだったが、結局そこもすぐに離れてしまった。
移動には西行の魔法を使用したので、追跡することは不可能で、更にはナルス・アテーギアの船に乗せてもらって移動した。
いよいよ行方の予想もできなくなり、こうしてここに戻ってきたのだろう。
なにがどうして、牢屋にぶち込まれているのかまでは知らないが。
この事を簡単に説明した西行は、腰から短刀を抜く。
逆手持ちにして、狙いを定めた。
「ま、待ってください……!」
カルロが、縋るように西行の足を掴んだ。
力が弱くすぐにでも振り払えるほどの、か弱い力だ。
動きを止めた西行は、嘆息しながら彼を見下ろす。
「……カルロと言ったね。こいつはテール君を殺そうと暗躍していた者だ。そのような者を生かしておく必要はないと思うけど」
「か、彼は……もう、組織を抜けています……! テール君を殺す理由は、ないんです……」
「なるほど。では本人に聞いてみよう」
西行はしゃがみ込み、男の首筋に手を当てる。
その姿を見てヒヤリとしたが、ただ脈を測っているだけのようだ。
今のところ手を出すことはしないらしい。
すぐにでも短刀を振るえるように正手に持ち替え、一つだけ質問する。
「暗殺者よ。貴様の属していた組織の名を言え」
「……なるほど。確かに暗殺者としては、答えたくない問いだな……。だが俺は、確かに組織を抜けた。……黒い梟だ」
「ああ、まだいたのか、あの組織は」
西行は満足したようにして立ち上がり、地面に開けた黒い穴を少し大きくした。
よくよく考えれば、この国はひどい有様だ。
もう彼に資金を提供してくれる人物は残っていないだろう。
金で動く暗殺者は、支払い手が居なくなればその仕事を完全に放棄できる。
これは普通のことだし、何も間違っていない。
それに本人の口から所属していた組織の名前を聞くことができた。
数百年間もの間存在し続けている組織の名を聞いて少し驚きこそしたが、取るに足らない脅威であるため西行は小さく鼻で笑う。
兎にも角にも、カルロの言っていた通り彼は本当に組織を抜けたようだ。
これであれば、連れて行っても問題はないだろう。
「よし。ではテール君、帰ろうか」
「はい! カルロさん、その穴の中に入ってください」
「……分かった……。あ、だけど……」
なにか思い出したかのように、指をさす。
そこには数種類の砥石が並べられていた。
「それだけは……」
「さすが研ぎ師。いいよ、僕が持って行ってあげる」
「ありがとうございます……」
「それじゃ、はい」
地面に空いた黒い穴が急に大きくなり、その場にあった物と人を飲み込んだ。
テールは事前に開けられていた穴の中に躊躇なく飛び込む。
気付けば地面に着地していた。
場所は先ほどまでいたギルドの中。
すると西行とカルロ、そしてもう一人の男が隣に出現する。
砥石を抱えていた西行はそれをカルロに丁寧に手渡した。
ずっと待っていたのか、木幕が満足そうにしてこちらを見ながら座っていた。
ナルファムやダムラスもいるようだ。
目が合うと小さく頷いてくれる。
テールはそれに礼で返した。
「ありがとうございます、木幕さん」
「構わぬ」
「!!? せ、仙人!!!? マジで一緒にいたのか!!」
西行が連れて帰ってきた男が、大きな声でそう口にした。
すると、今まで作業をしていた冒険者や市民たちが一斉に立ち止まり、こちらを見る。
『まじかこいつ』と言った様子で西行は顔を手で覆い、連れてきたことを心底後悔した。
ただならぬ雰囲気に、テールは少し遠慮気味に木幕に聞いてみた。
「……えっと、木幕さん。もしかしてまだ……」
「己から言うわけがなかろう。面倒なことになるのは火を見るよりも明らかなのだ」
「あ……そうですよねぇ……」
今まで普通に接して話をしていたナルファムとダムラスは、もう顔が真っ青になっている。
急に姿勢を正す。
だがどうやって接すればいいか分からず、カチコチに固まっているようだ。
助けを求めるようにナルファムがテールへと視線を向ける。
「て、テール君……? あ、貴方……本当に今まで何を……?」
「じ、実は今……研ぎと剣を教えていただいておりまして……」
「「仙人に!?」」
「メルは剣だけですけど」
「「へぁ!?」」
どういった経緯でそうなったのか、今までどうしていたのかということをそろそろ話さなければならなくなったらしい。
ナルファムとダムラスの圧が凄い。
未だに固まって動かない冒険者たちに指示を出して作業を再開させ、二人はテールを説明するまで逃がさまいとその場に座らせた。
日本刀たちがその状況を見てカラカラと笑っている。
説明している間、西行は連れてきた二人に食事を届けさせるようにと市民に指示を出し、質問攻めにあっているテールを眺めて小さく笑った。
「……カルロ。君があの子を育てたんだよね?」
「ま、まぁそうですね。初めての弟子でしたが」
「いい筋だよ本当に。沖田川さんが褒めていた。あの人が褒めるなんて、滅多なことではないよ」
「だ、誰かは……存じませんが……。凄い方に認められているという認識でよろしいでしょうか」
「そんなところだね」
そこで一つ息を吐く。
彼はもう日本刀の研ぎを始められる実力を有しているだろう。
だからこそ、気にかかっていたことがある。
「さて、誰から……いなくなるのやら」




