2.7.受けましょう
それはアーミングソード。
片手で使用するように設計されている武器であり、まっすぐな剣身と鋭い切っ先が特徴的だ。
棒状のガードは剣自体が十字架になるように魅せているようであった。
ガードには宝石が散りばめられており、鞘にも美しい装飾が施されている。
「こちらを、磨いていただきたい」
「見てもよろしいですか?」
「どうぞ」
恐る恐る手に取った剣を抜いてみると、やはりくすんだ剣身が現れる。
鍛冶師も頑張って綺麗に研ごうとしたのが見て取れるが、カルロやテールから言わせてもらえば中途半端極まりない。
もっと言ってしまえば下手くそにもほどがあった。
外側の装飾と、この剣身の姿を比較するとどうしても差があるように思われる。
だが鏡面仕上げをすれば、外側と中、どちらも調和がとれる素晴らしい剣になるということは直感的に理解できた。
「これは……」
「国王陛下の息子様、アディリダス様に誕生日の記念として贈られる剣です。女王陛下であらせられるクリスティナ様にもっと綺麗にならないのかと言われて方々の鍛冶師に依頼を頼んだのですが、どうにも満足させる出来には仕上がらなかったのです。そこで磨き屋の話を小耳に挟みまして、内密でここまで足を運んだという訳にございます」
「内密、ですか」
「……どうか気を悪くされないでくださいませ。貴方様方の立場を見るに……公にはできない事をお許し願いたい」
研ぎ師スキルは、使えないスキル。
鍛冶師たちの間では不必要なスキルだとして嫌っているところが多い。
不遇職というくくりに入ってしまっている研ぎ師に、王族のための剣を任せるということが広まれば何かしら問題が起きてしまう可能性があった。
これは世間体を気にしているのではなく、カルロとテールを気にしているのだ。
「え、どういうことですか?」
「つまり……。僕たちの磨き屋の仕事を鍛冶師に譲ってあげてくれ、ってことかな。僕たちは何も手を出していない、ということにしてほしいんですよね?」
「はい……。報酬は勿論お支払いいたします。この事を全面的に隠す取り組みもさせていただきます。そのことを承知で……どうか、お願いできませんでしょうか」
「んー……」
自分たちにとって、これは千載一遇のチャンス。
当初の予定としては確かにこうなることは予想していた。
後々になって隠せなくなってくるということも分かっているが……全面的に隠すということはこの事を承知している鍛冶師を雇うということだ。
そうなってくると研ぎ師スキルが日の目を浴びるのは当分先になってしまう。
上手くいけば不遇職というくくりから脱することができるかもしれない状況を、捨てて欲しいと言われているのだ。
カルロにとってすぐに頷くのは難しかった。
なにせテールと一緒に決意したことなのだ。
いつか来る大仕事のために、今まで努力してきたことが無駄になる。
バーシィが危惧しているのは、研ぎ師が急に目立って二人に何か起こるのではないかということ。
基本的に鍛冶師と研ぎ師が仲が悪いのは知っていた。
どうやって王族に依頼を持ってこさせた、などと言われて反感を買う可能性があるのだ。
これが杞憂であればいいのだが、不遇職に対する鍛冶師と冒険者の扱いはキツイものがある。
二人を守るために、この措置は必要な物だとバーシィは考えていた。
「……どうする、テール君」
「んん……」
「お、お金であればいくらでも──」
「これはお金の話ではありません。僕たちのプライドの話です」
「……」
テールとしても、この話で研ぎ師スキルが日の目を見ると思っていたのでショックだった。
しかし、ここまで二人のことを心配してくれるバーシィは、自分たちのことを思って提案しているということが分かる。
不遇職の扱いはこんな優しいものではない。
特に職人からの当たりは非常に強いのだ。
そのせいで怪我をしたのは一度や二度ではない。
だがバーシィは他の誰とも違う。
言葉使いもそうだし、居丈高な人ではないし、更には心配してくれている。
だからこそテールは彼に好感が持てたし、信頼することができていた。
「……やりましょう、カルロさん」
「いいのかい?」
「あくまでこれは手段の一つです。他にも手はありますから」
そう言って、テールはカウンターの近くの棚に置かれているナイフの入った箱を見た。
王族がダメなら冒険者に直接売り込んでいけばいい。
あれがその手助けをしてくれるだろう。
「そう、だね。分かった。バーシィ様、そのご依頼受けましょう」
「そ、そうですか! ああ、よかった……。ちなみにどれくらいで完成しますか?」
「鏡面仕上げ及び刃を鋭くさせるのであれば……これだと……二日ですかね」
「十分です! では三日後の夜に受け取りに参ります! その時に報酬もお渡ししたいのですがそれでいいでしょうか?」
「本当は前払いなのですが、まぁ構いませんよ。ちなみに金額は……」
「金貨五百枚くらいかなと」
「「え?」」
とんでもない金額を聞いて思わず声が出た。
驚きの声だったが、バーシィはこれが失礼にあたる報酬だと勘違いしてしまったようだ。
「あいや、少なかったですね! では八百……」
「「そ、それで十分ですから!」」
「では八百枚で!」
「いやあの……」
「申し訳ありません、内密で来ているものですのでそろそろ帰らなければ怪しまれてしまいます。今日のところはこれで失礼いたします。では、宜しくお願い致しますねカルロさん!」
そう言って、バーシィは颯爽と店を出てしまった。
取り残された二人は約束されてしまった膨大な金額の報酬に呆気にとられ、しばらく動けずにいた。
カルロがようやく動き出し、その剣を静かにケースの中に仕舞う。
大きくため息を吐いて片手で顔を覆った。
「テール君、これ頼むね」
「え!!? 僕ですか!!? でもこれってカルロさんが頼まれたんじゃ……」
「実際、僕より君の方が腕は上だよ。やるなら徹底的にやらないとね」
「まだまだだと思うんですけど……」
「謙遜しない謙遜しない。ぶっちゃけ、誰がやっても相手には分からないさ。どうせ名前も公表されないしね。ま、経験だよ」
「はぁ……。分かりました。んじゃやりましょうかね」
認めてくれているのは素直に嬉しい。
それで調子に乗ってしまったというわけではないのだが、確かにこの経験は必要だ。
これだけ大きな仕事を任せられるようになったことを嬉しく思いつつ、テールは作業場に剣を持っていったのだった。




