11.28.崩壊したキュリアル王国
久しく通る街道は本当に帰ってきたのだな、と実感させてくれた。
メルはこの辺が活動地域だったこともあり、この辺には誰よりも詳しい。
あっちに進めば近道だよ、とテールに教えながら、久しぶりに会う友人たちの顔を思い浮かべていた。
あの二人は元気にやっているだろうか?
どこかのパーティーと上手くやっていたらいいのだが。
だがテールは作戦決行時間がすぐ目の前に迫って来ていることに、若干の不安を覚えていた。
あの作戦で上手くいくだろうか。
木幕たちは『任せろ』と言ってくれたが、やはり追放された身としては、ここに戻ってくるのは背徳感がある。
明らかな緊張の色が顔に現れていたので、隼丸が声をかけた。
『『そんな心配するなって。臨機応変に動けば何とかなるから』』
「は、はい……」
『だが気が張るのも無理はない。なにせテールの師を救いに向かうのだからな。どこにいるかもわからぬ以上、難儀な策になるのは間違いない……』
『『折角僕が気を紛らわせてやろうと思って声を掛けたのに、余計に不安にさせるようなことを言うな!!』』
『……? あれは気を利かせての言葉だったのか?』
『『そうだよ!!』』
またギャーギャーと騒ぎだしてしまった隼丸に苦笑いを浮かべながら、そろそろキュリアル王国が見えてくるであろう先を馬車の中から見る。
馬車の中には木幕とレミ、そしてスゥが居て、御者では脅威のバランス力で立ったまま動物たちを指揮している船橋がいた。
その時、馬車の動きが遅くなった。
何事かと思っていると、船橋が慌てたようにして馬車を飛び降りる。
「わわわわっ!? ど、どうしたの!?」
「キョンッ! キョンッ!!」
「え、ちょっ」
馬車を引いていた鹿は一斉に警戒の声を出して暴れ出し、ロープを千切って逃走した。
馬だけはその場に残っているが、とても不安そうにしているということが分かる。
西形が見つけてきてくれた威勢のいい馬だったが、今は頭を下げていた。
船橋は魔法を使ってもう一度鹿を集めようとするが、どういうことか何もやってこない。
こんな事は初めてだ、という表情であわあわと動き回っていた。
「何事だ」
「ヒョエッ! い、いや、あのあのあのですね」
「落ち着け。獣から何を聞いた」
「えっと……。危ないから、ここまでしか連れていけない……と……」
「どういうことだ?」
「わ、私にもさっぱり……。木が多い場所であれば目的地のことも把握できるのですが……。そのきゅりあるという都は木がほとんどないようで……」
船橋の魔法の内の一つに、木々を通して地形を把握するものがある。
だがそれは木がなければ発動せず、平原などでは一切使用できないものだ。
それは国の中でも同じらしく、極端に木が少ないと把握することは不可能。
完全に旅に特化した地形把握魔法であった。
しかし、ここには大地魔法を得意とするスゥがいる。
木幕は彼女に目線を向けて、小さく頷く。
何をすればいいかすぐに把握したスゥは、立ち上がって馬車を飛び降りる。
地面に足を付け、獣ノ尾太刀を出現させてそれに手を置いた。
ある程度の距離であれば灼灼岩金も索敵ができるが、地面に足を付けてもらわなければならない。
スゥも同じなのだが、その範囲はやはりスゥの方が広く、正確らしい。
しばらく目を瞑って黙っていたが、突然飛び上がった。
キョロキョロと周囲を見渡したあと、馬車に乗ることなく走っていく。
「えっ!? す、スゥちゃん!?」
「船橋、馬に指示を出せ」
「あ、はい! もうちょっと頑張ってくれる?」
「フルルル」
馬は船橋に声を掛けられると、足を動かして馬車を運んでくれた。
不安そうだったので彼女はその背中にまたがり、優しく撫でながら小さく声をかけ続けている。
馬が感じている不安を少しでも取り除こうとしているのだろう。
木幕とレミは、何やら難しい顔をして外を見ていた。
木幕はともかく、レミがそのような顔をするのは非常に珍しい。
眉間には深い皺が寄っていて、何か大きな懸念を抱いているようであった。
こちらも不安になってきたので、メルが控えめにしながらレミに問う。
「あの……スゥさんは一体どうしたんですか?」
「分からないのが怖いわよね。だけど、あの子が慌ててどこかに行ったりするときは、大抵碌なことがないわ」
スゥは昔から、こういう行動を稀にとっていた。
その時に限って盗賊が襲ってきたり、崖崩れが発生したり、魔物の群れが待ち伏せしていたりと、とにかく悪い事ばかりが起きる。
それは彼女が所持している大地魔法が教えてくれたもので、スゥはそれを何とかしようと動き回るのだ。
恐らく、今回もそれと同じである可能性が非常に高い。
何かとんでもないことが起きている。
木幕とレミは気を引き締め、何があっても動けるように身構えていた。
次第に木々が少なくなっていく。
ここを通り過ぎれば森を抜け、ようやくキュリアル王国を目にする事ができるはず。
はずだったが……。
彼らの目に飛び込んできたのは、見るも無残な光景だった。
先行していたスゥは森を出たところで立ちすくみ、今見ているものが信じられないといった様子で口を開けている。
木幕とレミも目を瞠り、信じがたい表情で固まった。
声が出ない。
メルは両手を口に当て、驚きを露わにする。
テールはぽかんとして脱力し、体の奥の芯が冷えるのを感じた。
今まで頭の中に入れこんでいた作戦のすべてが吹き飛んだ。
なにせ、もう心配する必要がないように思えたのだ。
彼らが見た光景は、壁のほとんどが破壊され、家屋もほとんどが倒壊し、城も大きく傾いてしまっているキュリアル王国だった……ものだった。
近辺にある畑や村にも大きな被害が出ているようで、春先に植えた作物のある畑が踏み荒らされている。
人の気配はほとんどなく、誰も入国手続きを待っていない。
なんなら門番もその場にはいないようだった。
『こっ……これは……!?』
『戦の、戦のあとの様ですね。兵はおらず、火が上がっていないということは……。もう、終わったのでしょうか?』
誰も言葉を発しない中、日本刀たちだけは会話をしていた。
この状況をどう見ればいいのか。
周りを見ても兵士はいないので、不撓の言う通りもう戦闘は終わってしまっているのかもしれない。
『『……ねぇ、灼さん』』
隼丸は、誰も聞きたがらない、言いたがらない言葉を灼灼岩金に向ける。
聞かなければならなかったことだし、恐らくこの疑問は今この場にいる全員が抱いているはずだ。
確認しなければ分からないし、まだ希望はあるが……。
テールの代わりに、彼は聞いた。
『『テールの師匠、生きてるの?』』
鋭い刃が背中から突き刺さったかのように、強烈な不安がテールを襲った。




