11.22.Side-ナルファム-絶望的状況
震源地に近い建物はすべて倒壊しており、辛うじて残っている建物も瓦礫に体を預けて何とかその形を維持しているに過ぎない。
近くを通るだけでも危険な雰囲気があり、今は兵士たちが通行規制を行っているところだ。
とはいえ彼らにも疲労に色が見えた。
それもそのはず。
壁が破壊され、そこから侵入してきた飢えた子供のような存在と戦闘を夜通し行っていたのだから。
一本角の化け物はあれから一度も出てこなかったが、雑魚はどんどん湧き出して城へと一斉にかけて行った様だ。
何が目的かは分からなかったが、とにかく防衛するために兵士全員がたたき起こされ、騎士団も入り乱れる大混戦が行われた。
そんな時の、大地震。
一本角の化け物が死に際に繰り出した一撃はキュリアル王国に絶大な被害を与えるのに十分すぎる力を持っていた。
地面は隆起し、割れ、兵士や冒険者、一般人もがその割れ目の中へ落ちていく。
もはや助けることは不可能だろう。
救出は早々に諦められた。
というより、助け出す余裕が、本当になかったのだ。
地面が大きく破壊されたことにより移動が困難となり、化け物たちの進軍も遅くなりはしたが、無限に出てくる彼らであればその様な障壁は意にかえさない。
一夜にしてキュリアル王国全土に化け物が跋扈し、すべての国民が被害を受けた。
はっきり言って、めちゃくちゃだ。
再起する気力も起きない程に、誰もが疲れ果てていた。
唯一彼らをすべて浄化する日の光が登ってきた時、敵は全員灰となって消滅した。
やはり夜の間しか活動することはできないらしい。
「はぁ……」
大きなため息が、冒険者ギルドの一室に木霊する。
他にも人はいたが、誰もそのため息に文句を言う人はいなかった。
ナルファムは重い口を、ようやく開く。
「……被害状況」
「……見ての通りだ。怪我人が多すぎて医者が足りてない。あの攻撃……地震でキュリアル王国の六割の建物が倒壊したと言っていいだろう。その範囲の中で奇跡的に残っているのは城と、この冒険者ギルドだけだ」
「火災も発生し、消火活動が行われています。それと逃げ遅れた民間人の救助を今も騎士団と共に行っているはずです。他にも重要施設が破壊されたりと酷い有様ですが、中でも食料問題が……」
「国庫は?」
「見事にあの化け物に食い荒らされていたらしいです」
ダムラスともう一人のギルド職員が、今の状況を簡易的に説明する。
今すぐに解決できないものばかりだ。
話を聞いて絶望的だ、と顔を覆うしかない。
残っている民家から徴収すれば、少しは足しになるだろうか。
冒険者ギルドにある厨房の食料も、民間人も合わせて養おうと思うと心もとなさすぎる。
城の国庫は駄目になっているだろうが、そこの厨房には残っているはずだ。
しかしあれは貴族たちが食べる者。
こちらに寄越してはくれないだろう。
他の国に救援要請を出してはいるが、それは今日の朝のことだ。
移動だけでとてつもない時間が要する。
援軍が到着するまで、この防衛戦が持つかどうか分かったものではなかった。
「穴は……?」
「ああ、たんまりいるぜ。黄色い目玉が、また覗いてた」
「……今晩も、戦わなければならないのね……」
「そういうことだ……」
戦える冒険者は、今非常に少なくなっていた。
まともに機能するのは騎士団だけだろう。
国の緊急事態ということもあってようやく向こうも重い腰を上げたようだ。
今晩は彼らにほとんどのことを任せる方がいいだろう。
いくらなんでも疲弊しすぎた。
あの一夜で、ほとんどのものが失われた者も少なくない。
死人を丁寧に弔う暇もないようで、今は乱雑に並べられて放置されている。
数時間後に一斉に火葬することになるだろう。
「どうすればいいかしら……」
「持続可能な防衛手段と罠、そして兵器の導入を検討します。バリスタがあればあの一本角の化け物は何とかなるかと。設置するために小さな高台を制作する必要はありますが……」
「酒でもなんでも、燃えるものは使った方がいい。幸い廃材は今くそほどあるからな。運び出して穴の周辺を燃やしまくろう。それで時間が稼げる」
「一本角の化け物が出てくるタイミングは分かっています。敵の波が引いた時……! それまではバリスタの高台を死守しましょう」
「ああ。敵は死んだら灰になる。その灰も燃えるみたいだから、設置した廃材が消火されることはないだろう。だが物量で押しつぶされる可能性がある。そこは魔法と弓で対処するしかないな」
「ええ。どうですか、ナルファムギルドマスター」
名案だ、と満足げに話し合う二人。
確かに策としては上出来だし、急ごしらえで作るのであればそれくらいは容易いだろう。
飢えた子供のような存在は頭が悪いので、それでもいい。
しかし……問題は一本角の化け物だ。
「バリスタは、どれくらい導入できるの?」
「三つが限界です」
「では、廃材を運ぶ労働者は今、どれくらいいるのかしら」
「なりふり構ってられねぇよ……。動ける奴は怪我人でも引っ張り出さねぇと……」
それはそうだ。
今夜も攻めてくる事が分かっている以上、動ける者には動いてもらわなければならない。
それは自分たちも例外ではない。
ナルファムは立ち上がり、指示を出す。
動ける者は防衛設備の構築を開始。
ダムラスは騎士団にバリスタの貸し出しを申請しに向かい、もう一人の職員は冒険者たちに声を掛けに向かった。
作業開始時刻、十一時三十九分。
化け物たちが出てきたのは、九時頃なので防衛設備を構築する時間はまだある。
今回は廃材を重ねて広げるだけの比較的簡単な作業だ。
倒壊している建物から燃えそうなものを並べていくだけなので、冒険者と騎士団が動いてくれればすぐに準備は整うだろう。
問題は、バリスタの申請がお降りるかどうか……。
降ろしてもらわなければ困るので、ダムラスには貰ってくるまで帰って来るなと命令している。
実際それくらいの意気込みで向かってくれたので、あとは彼に任せるしかない。
それから作業は順調に進み、バリスタの簡易的な高台を三つが無事に作られた。
廃材を並べるだけの簡単な仕事なので、こちらも何とかなりそうだ。
追加の薪を投入する準備も整っており、あとはそれを投げ入れるだけ。
あとは引火する燃料をそれらに染み込ませれば準備完了である。
時々酒を口に含んでいる者を見かけたが、この際細かいことは言うまい。
夕方には作業は終わり、短い休息の時間が設けられた。
ようやく休める、と誰もが倒れ込むように眠り、そして鐘の音で目を覚ます。
時間だ。
火矢が設置された罠に入れられ、燃え上がる。
その瞬間、穴の中から飢えた子供のような存在が這い出してきた。




