2.6.とんでもないご依頼
昼食を食べた後は中砥石でナイフを大方使えるまで研ぎ、仕上げ砥石で綺麗に仕上げて砥粒を使って鏡面仕上げを行っていく。
全工程が終わったのは夕方だ。
形が整ってしまえばあとはやはり早い。
前半に力を入れておいてよかった、とテールは完成したナイフを見て満足そうに頷いた。
しかしここで気になるのは切れ味だ。
いつも試し切りに使っている布を手に取って切ってみる。
ファッ。
何の抵抗もなく斬ることができた。
これであればどんな人に手渡したとしても恥ずかしくはないだろう。
ようやく仕事が終わった。
伸びをして固まった体をほぐす。
「よーっし、片付け……」
使った砥石を直したあと、水気を取って指定場所に丁寧に置く。
桶の中にあった水を捨て、最後にナイフを丁寧に布の入った木箱に仕舞う。
鞘もカルロが完璧に油を落としてくれたので黒ずんでいた結び目の紐が本来の色を取り戻している。
なんなら傷も少しだけ修復してくれていたようだ。
とりあえずこれで仕事は終わりだ。
久しぶりにボロボロになった刃物を直して綺麗に研いだので、時間が掛かり過ぎた。
しかし納得のいくものにまでなったので問題はない。
明日アイニィに渡せるようにカウンターの近くにこのナイフを置いておくことにする。
店に出てきたテールはカウンターの側の棚にナイフの入った箱を置いた後、窓の戸締りをしてカーテンを閉めた。
最後に一度店を出て看板をクローズにひっくり返す。
「今日もあれからお客さんは来なかったなぁ」
いつものことなのではあるが、あそこまで賑やかになったのは久しぶりだ。
だからなのか、寂しさが少し強調されてしまう。
とはいえいい仕事が舞い降りた。
これで研ぎ師の有用性が少しでもアイニィから広まってくれればいいなと思いつつ、扉を閉めようとした時、声をかけられた。
「あの、すいません」
「わっ……どちら様ですか?」
声をかけられたことには特に驚きはしなかったのだが、声をかけてきた人物の姿を見て驚いてしまった。
彼は老齢でタキシードをびしっと綺麗に決めている執事らしき人物だ。
こげ茶色の中に混じる白髪と丸眼鏡が不思議と貫録を感じさせた。
明らかに何処かの貴族の使用人だと気づき、背筋を伸ばして対応する。
「磨き屋様でよろしいですか?」
「店主の弟子のテールです」
「場所は合っているみたいですね。少し込み入った話になりますので、中でお話をさせていただいてもよろしいでしょうか? ご依頼したい話がございまして」
「そう言うことでしたらどうぞどうぞ」
「閉店間際に申し訳ありません」
「いえいえ、貴族様なのですから庶民が対応させていただくのは当然です。店主を呼んでまいります。中で少々お待ちください」
テールは老人を中へと招き入れ、奥で作業をしているであろうカルロを呼びに行った。
案の定彼はいつもと同じように修行をしていたようだが、貴族が来たということで慌てて服を着替えて店の方に出る。
テールはいつもの様にペンと紙を持って貴族の依頼内容を書き記すための準備をした。
二人は一緒に店に出て、カルロが改めて挨拶をする。
「初めまして、私がこの店の店主のカルロ・オーテマーです」
「突然のご訪問をお許しください。私はキュリアル国王テオル・ロア・ノースレッジ様に仕えている執事、バーシィと申します。以後お見知りおきを」
「「……お、王族!!?」」
「しー……」
国王に仕えている執事、バーシィ。
王族の下に仕えている人物がどうしてこんなところにと驚くしかなかった。
だが彼がすぐに静かにして欲しいというゼスチャーをしたので、テールとカルロは咄嗟に口を押える。
「少し内密のお話なのです。できれば大事にはしたないので……」
「わ、わかり、ました。えーっと、それでお話というのは……」
バーシィはコホンと咳ばらいをしてから、懐に仕舞っていた魔法袋から一つの箱を取り出す。
美しい装飾が施されているケースで、金の装丁もされていた。
ゆっくりと開けると、その中には一本の剣が丁寧に保管されていた。




