11.16.Side-ナルファム-穴の中
兵士たちが作業の手を止め、こちらを見る。
だがその内の一人だけはこちらに一切興味を示した様子はなく、体にしっかりとロープを巻き付け続けていた。
誰が見ても分かる。
彼はこの穴の中に単身で入り、落ちた仲間の安否を確認しようとしているのだろう。
その勇敢さは称賛に値するが、この穴が何なのか、一体どうして作られたのか、中はどうなっているのか分からない状況では蛮勇と呼ばざるを得ない。
彼らは咎められることを承知していたようで、すぐに背を伸ばした。
目を見れば分かるのだが、仲間を救出するという意志がすぐに伝わってきた。
彼らの愚行を看破したダムラスが、大声を張り上げる。
「馬鹿野郎! お前ら死ぬ気か!」
「調査はどの道必要なことです! それに、俺たちは冒険者ではなく国に仕える兵士。貴方たちの指図を受ける筋合いはありません」
「そうかもしれねぇが状況分ってんのか! 見ろこの両断された城壁を! これを成せる奴が! この中にいるかもしれねぇんだぞ!」
「それでもやることに変わりはありません! 早期解決ができれば、国民も守れます!」
「っとに自殺志願者か貴様らは!」
死なないことがモットーの冒険者と、守る為には自分の命も顧みない兵士とは、考え方に明確な差があった。
万全を期して挑むのが冒険者である一方、無駄と分かりながら突き進み、強引に解決するのが兵士なのだ。
価値観の違いと言ってしまえばそれまでだが、命の価値は対等だ。
呆れた様子で叱責し続けるダムラスだったが、兵士はそれを意に介した様子はない。
既に突撃準備を済ませているようで、あとは飛び込むだけとなった。
準備が整った兵士一人がロングソードを腰から引き抜き、クロスボウを背に担いでいる。
「っし……。頼む」
「「了解」」
「お前ら……!」
ダムラスが今度は強引に止めようとしたのを、ナルファムが手で制する。
睨みつける様にこちらを見られた気がするが、彼女は首を横に振った。
「……調べさせましょう」
「だがよ……」
「彼らの言う通り、どの道調べなければならない。あとは突撃が早いか遅いかの違いよ。貴方たち、情報はこちらにも渡すこと。協力できるかもしれないから」
「……分かりました」
ギルドマスターに言われてしまったら、ダムラスはもう引き下がるしかない。
納得はできていなかったようだが。
「手の空いている者! こっちを手伝いなさい!」
彼女の一声で、手の空いている冒険者が一斉に集まってくる。
兵士と協力してロープを掴み、一人の兵士を降ろすようにと指示を出す。
これだけ人数が居れば、離脱も容易だろう。
そこでようやく、兵士が穴の中へと突入した。
触れてみた感じだと、どうやら黒い膜が表面を覆っているだけで、その下には空間が広がっているらしい。
意外と早い速度で、彼の姿は消えてしまった。
兵士と冒険者は、彼を穴の下に降ろし続ける。
長いロープを使っているので、着地するまでの余裕はあるはずだ。
慎重に、だが素早く降ろされていく兵士は今度のような景色を見ているのだろうか、と考えながら、ナルファムはその光景を見守っていた。
彼の持って帰ってくる情報は、非常に重要なものだ。
これからの行動方針に大きく影響する。
ぐんっぐんっぐぐぐんっ!
ロープが何度も引っ張られる。
これは兵士の中で決めていた合図の一つであり、早急に引き上げろというもの。
それに気付いた兵士が大声を張り上げる。
「お! 引け!! 引けぇ!!」
兵士と冒険者数十人が一気にロープを引っ張り上げる。
凄まじい速度で引き上げられるロープは確かな重さを持っており、兵士がまだ生きていることを証明してくれた。
一体どんな景色を見て来たのか。
この下には何があるのかと期待しながら、彼が帰って来るのを待つ。
ビィインッ……。
突然、何かに引っ掛かったようにしてロープが引き上げられなくなった。
誰もが力を込めてみるが、びくともしない。
「……!! 全員手を離せ!!!!」
その指示を出したのは、ナルファムだった。
強烈な違和感を覚えたのだ。
咄嗟に出した声に驚いた冒険者はすぐに手を離したが、兵士数名は何を馬鹿なことを、というような表情でこちらを見るだけだった。
ぐんっ!!!!
次の瞬間、ロープを力強く持っていた兵士が、飛んだ。
正確には穴の下でロープが思い切り引っ張られ、そのあまりの勢いに体が浮き上がったのだ。
彼らはそのまま……穴の中へと落ちていく。
叫び声は穴に張っている膜を通り過ぎたあたりで聞こえなくなり、一瞬の沈黙が流れた。
だがまだ兵士はロープを握っていたはずだ。
彼らだけは助けられるかもしれない。
「!? ぜ、全員もう一度ロープを! もう一度引っ張れ!!」
その指示を聞いてようやく我に返った冒険者が、一斉にロープを握る。
先ほどとは違い、するすると引き上げられるロープには誰もいないのではないかという懸念が抱かれたが、そんなことはなかった。
一人の兵士が、顔を出す。
そして必死に穴から這いずり出し、四つん這いのまま穴から大きく距離を取った。
助かったのは、一人だけ。
最初に入った一人の兵士と、引っ張られた兵士四名は帰ってこなかった。
そして……千切られたロープの先端が最後に顔を出す。
ダムラスがそれを見てみれば、先端が焼けていた。
「……これは……! どういう……」
眉を顰めてみている間に、ナルファムは生還した兵士に駆け寄ってすぐに問う。
「そこの兵士! 何を見た!? 何を見たの!?」
「ぁ……ぁぅ……! ぁ……!」
その場にいた冒険者、兵士たちが、彼が口にする言葉に耳を傾ける。
ショックでなかなか言葉を発せないようだったが、空気と一緒に唾を飲み込み、乾いた唇を懸命に動かして、どうにかこうにか聞こえる言葉にした。
「ばっ……ばけ、化け物……! 化け物の! 群れが……!! こち、こちら、をを、覗いてた……!!」
「化け物の群れ? 魔物っていう事?」
「み、見た事……!! ない!! 本にも……載ってない、奴ら……!!」
魔物ではない、化け物。
その表現ではどういうものがいたのか理解できないが、とにかく恐ろしい存在がいたのはよく分かった。
だが、彼の話は、まだ続く。
「橋が……!! 橋が!!!!」
「橋?」
「橋が……は、はしが、橋が……橋がかん、完成し、しようと、している……!!」
嫌な予感がした。
体の奥から込み上げる冷たい何かが体を一気に冷やし、羽織っている外套を着こみたくなるほどの寒気に襲われる。
ゆっくりと穴を見る。
静まり返ったこの場から、唯一聞こえてくる音が、ようやく誰に耳にも聞こえるようになった。
トン、トンテントンテン、トントンテン。
トン、トンテントンテン、トントンテン。
トン、トンテントンテン、トントンテン。
トン、トンテントンテン、トントンテン。
「奴らが……!! 穴に向かって橋を架けている!! 直に、攻めてくる!!!!」
ヒステリックに叫ぶ彼の声が、この国に迫る警告を発していた。
─テール一行が来るまで、あと三日─




