11.12.Side-カルロ-旅に出た仙人
仙人が旅に出たというニュースは、リヴァスプロ王国から近いキュリアル王国にすぐに広まった。
もう既に二ヵ月以上が経っているので、他の国にもこの事は広まっている事だろう。
だが彼らの動向はまったく分からないらしく、それによって一番被害を被ったのはリヴァスプロ王国だったらしい。
我が国の中には仙人が居ますよ、と大々的に報じて冒険者や商人を呼び込んでいたのだが、この話が広まってこの集客方法が不可能になってしまったのだ。
人々の往来が激しく発展した国ではあったが、それは仙人がいるという魅力があってこそだった。
今はまだ問題ないだろうとモアは見ていたが、仙人が居なくなったという話が広まった以上、国の経営はしばらく降下傾向にあるだろう。
「俺も一度行ったことはあるが、まぁー仙人の押し売りや売り文句が凄かったな。だが今はそれが使えなくなった。だが商売としてはもう少し残るだろうよ。『仙人が旨いと言った!』とか『仙人が立ち寄った店!』とかの売り文句はずっと使えるだろうな」
「へぇ……。そんなに影響力あるんですか」
「そりゃそうだ。この国だって、もしかしたら立ち寄ってくれるかもしれないと準備していたくらいなんだぞ?」
それは知らなかった。
この時には既にここに入れられていたので、知る由もないのではあるが。
しかしキュリアル王国もそのような準備をしていたというのには驚きだ。
どの様なことをしていたのか聞いてみると、宿の準備や街道の整備、その他娯楽施設など様々なことに力を入れていたらしい。
それだけ彼らにはこの国を豊かにするだけの影響力がある。
仙人がいると分かった時点で、一目見ようと来る者も多いのだ。
だがこれは、モアが知っていた事。
先ほどの動物と情報を交換していた話ではない。
「んでここからがさっき聞いた話。リヴァスプロ王国が仙人をもう一度迎え入れようと暗躍しているらしい。調べからして港に向かったというのは分かっているらしいが、そこからの足取りは掴めていない。だがつい最近、ミルセル王国から北西に行った場所で大量の降水量を観測したのと、動物が何かに誘導されるようにして移動している姿が何件か発見されている」
ずいぶん遠い国の名前だ、とカルロは思った。
モアの情報網は中々広いらしい。
鳥を使っているのであればそれも納得できることではあるが……このような人材を失ってしまった彼の組織は大きな痛手を被っているだろう。
しかりリヴァスプロ王国のその話は、なんとも不穏だ。
大きな国であるので金に糸目は付けないと思うし、もしかすると強行的な手段を取らないとも限らない。
彼らに仙人が見つからないように祈るばかりだ。
動物や降水量に関しては、ただの現象の一つだろう。
理由は分からないが、そもそも動物の考えている事など分からないし、たまに大雨が降り続けるのもよくあることだ。
どれ程の降水量だったのかは把握できていないようだが、村や町に被害が出るほどの大雨ではないだろうと思っていた。
だがモアは、これらの情報から一つの可能性を導き出していた。
「今、仙人はミルセル王国北東部から東に向かっていると思う」
「……えっと、大雨や動物の動きが、全て仙人のせいだと?」
「ああ。鳥たちの記憶では、鹿の群れが北に続いており、山を迂回してさらに北へ進み、北西を目指しているらしい」
カルロは頭の中で地図を思い浮かべる。
ミルセル王国からその流れで走っていけば、大きな山がまずあるはずだ。
それを迂回して走っていけば、北に海が見える。
そこを通り過ぎて北西に走ったのであれば……。
「……ここに向かっている……?」
「俺の魔法は、鳥が見聞きしたことを見る魔法、バードメモリーだ。あいつらに、嘘はつけない」
「だけど証明になるものは……?」
「残念ながら鳥たちは見られなかったようだ。しかし……ミルセル王国で仙人の目撃情報があった。可能性は高いと思う」
その話が事実なのであれば、確かに有益な情報になる。
しかしリヴァスプロ王国からミルセル王国までの距離は……非常に長いはずだ。
どんなに少なく見積もっても五ヶ月くらいはかかる。
リヴァスプロ王国から港に向かったのであれば、航路を利用したのだろう。
目的地はアテーゲ王国の筈なので、その旅路には三ヵ月程度の時間が必要とされていたはずだ。
そこからアテーゲ王国の魔法陣を使用したとしても、行けるのはルーエン王国まで。
もし使わなかった場合は半年以上の時間を必要とするはずだ。
移動速度が速すぎる。
二ヵ月前に仙人が旅に出たというのであれば、今は船の上で揺られているところだろう。
なので既にミルセル王国にいるというのは……いくら何でも無理がある話だ。
だがそれを可能にするのが仙人だ、とモアは言う。
そう言ってしまうと何でもありになってしまいそうだが……。
「何はともあれ、こっちに向かってきている可能性は充分にある」
「でも、僕たちには関係なくないですか? 外にも出れませんし」
「……これも噂なんだけどよ」
モアは少しもったいぶりながら、その噂を口にする。
「リヴァスプロ王国のギルドマスター、ドーレッグが一人の冒険者に敗北を認めたらしい」
「……つまり、冒険者がギルドマスターに勝ったんですね?」
「その通り。これが、大体二ヵ月前」
最近の若い冒険者は、経験豊富な相手を倒す技量まで手に入れているのか、とカルロは驚いた。
そのドーレッグという男は知らないが、ギルドマスターをしているくらいなのだから相当の技量があるのだろう。
「ですがなぜそんな話を?」
「いやー、その冒険者の名前がよ。“メル”って言うんだってさ」
「え」
聞き覚えのありすぎる名前に、残っていた眠気が吹き飛んだ。
彼女はテールと無事に合流し、リヴァスプロ王国に向かったのだろう。
この話を聞いただけで心底安心することができた。
だが……何故モアはそんなことを知っているのだろうか?
いや、何故知っているのかではなく、何故知りえたのだろか。
知ろうとしなければこのような小さな存在の話は聞かないはずだ。
「……どうして、そのことを?」
「まっ、色々あってな。お前の弟子の名前はテールだったっけ?」
「そうですが……なぜそれを……」
テールの名前は、モアに一度も言っていないはずだ。
ようやく彼の存在が分かってきたというのに、更に分からなくなる。
彼はおどけた様に手を広げ、自分の憶測をカルロに投げつけた。
「あいつら、仙人と一緒に行動してるぞ」




