11.10.作戦手順
隼丸の叱責を受けて、テール一人が背筋を伸ばす。
それと時を同じくして、メルと葛篭の話し合いは終わったようで、平面図と背景が描かれた紙を持ち上げた。
「上出来だな」
「ほ、ほぼ葛篭さんが描きましたけどね……」
メルは大まかな形を描いただけで、あとは葛篭が修正に修正を重ねて綺麗に描き上げてしまった。
もう自分は要らなかったのでは、と思ったほどだ。
とはいえ実際に現物を見たことがない人が居なければ、ここまで完成度の高いものは作れなかっただろう。
それを見せてもらうと、精巧な背景画が描かれていた。
平面図は別の紙に描いてあるらしい。
それは確かに何度か見たことのある城であり、全体像がその中に納まっている。
平面図の方は少し雑だが、内装は外から見た背景から読み取って想像で描いているらしい。
あとは実際に見て把握する予定なのだとか。
平面図と背景を見せながら葛篭は屋根がどうだの階段がこの位置だのと説明をしてくれたが、テールとメルにはさっぱり分からなかった。
とりあえず相槌を打ちながら、話だけは聞いておくことにする。
「んで、牢は基本的に地下にある筈だ。だが……城主の足元に下手人がいるのはなんだか気味が悪いだろう? だから基本的には……」
葛篭は平面図を指でなぞり……それは紙の外へと飛び出した。
「他の位置にある」
「えっ……。じゃ、じゃあこれ描いた意味って……」
「意味はある。メル、これはどの方角から見た景色だ?」
「えーっと……。大通りから見た景色なので……。東ですね」
「ということは」
平面図に東、西、南、北という文字を書き記す。
大通りが東にあるのであれば、南と北は比較的賑やかなはずだ。
まだ情報が足りないので確定ではないが、牢は北側にあるのではないだろうかと葛篭は読んでいた。
だがこれを使うのは最終手段だ。
安全な手順でいけば……力技を行使する必要はなくなる。
この描かれた平面図が使用される時は、王がすべてを拒んだ時。
「無事にテールの師匠が解放されれば、これは使わなくて済むけどな」
「? と、いうと……?」
「では、作戦の大まかな手順を確認しよう」
葛篭はこれを聞けばその理由が分かる、と言っているようだった。
描いた平面図を懐に仕舞って、腰に手を当てながら人差し指を立てる。
「まずは入国。木幕のことを仙人だと触れ回り、その付き人をテールとメルにしてもらう。これでテールが追い出されることはなくなるだろう」
キュリアル王国の住民が、木幕が仙人だということを信じてくれさえすれば、この辺は何とかなりそうだ。
テールが口を挟むと厄介なことになりそうなので、ここは大人しく待機することになるだろう。
さて、次は人が集まることが想定される。
次に鎮身の存在が危ぶまれた。
ここからどうするかは、既に木幕が決めていたようだ。
「そのまま、城へ向かう」
『おい小僧。我らの話を伝えておけ』
「あの……木幕さん。日本刀たちが言うには、鎮身さんは必ずこちらに向かってくるらしいです。操られていてもいなくても……」
「構わん」
『『えっまじ!?』』
どうやらそこの事はあまり気にしていないらしい。
だが先ほどの話では、鎮身よりもカルロを優先してくれるということになっていた。
とはいえ不安が残る。
日本刀たちは実際に主が呪いの影響で自分たちのいる場所へと赴いてきているのだ。
鎮身が例外であるとは限らない。
藤雪の話からして、乾芭の様に明確な殺意を持っているわけではないということは分かっている。
なので操られる可能性が非常に高く、恐らく体のどこかから青煙が発生しているはずだ。
呪いに対する反抗意識が操られる引き金になるのだとしたら、テールがキュリアル王国に入った瞬間にでも操られる可能性がある。
木幕がいくら強かったとしても、彼の同行には気を掛ける必要があった。
不安が拭いきれないので、テールは控えめな声量で懸念点を口にする。
「で、でもやっぱり心配です……。里川さんと乱馬さんには、一時的ではありましたが戦う意志が明確にありました。ですが鎮身さんは違うみたいですし……」
「確かにそうだ。だが……ロストアとトリックを思い出せ。彼らは……呪いに抵抗していた」
つい先日の話なので、彼らの事は鮮明に覚えている。
どういう原理か大雨の原因となっていた紅蓮焔を槙田が何とかする時に、ようやく呪いが発動した。
その事から木幕は、自分と接敵しなければ呪いを発動することはできないと考えていたのだ。
これは彼の中にいる柳が、今までの状況を分析して導き出した一つの推測。
体の一部から青煙が出ていなかったとしても、操られる可能性は十分にあり、更に彼らは木幕たちと触れ合う程に接近していたというのに呪いは発動していなかった。
紅蓮焔と何度か戦っていたというし、蘇ったのであればすぐにでもテールを殺してもらいたいと邪神は考えているはずだ。
なので彼らのやりたいように自由にさせているのは、おかしい。
「どういう理屈かは、未だ分らぬ。だが奴らは今まで、某の目の前、もしくは仲間の前にて操られていた。鎮身も、そうである可能性は高い」
「なるほど……」
「故に、接敵時は操られておらず、敵意は無いと判断する」
必ずしもこの予測が当たっているわけではないだろうが、見当をつけておくのは大切なことだ。
とりあえずこれで、入国直後の動きは決定された。
この時には既に辻間と西行を放って警備にあたらせる。
木幕の言葉を引き継ぐようにして、葛篭がその先の動きについて説明する。
「そんで次は城へ突撃だ。仙人だと分かれば城主も出てくるだろうよ。そこでテールとカルロの冤罪を払拭しようって話になる。だがあいつらは自尊心の塊だ。どうなるかは想像がつかん」
「そう、ですね……」
「もしダメだったら、どうするんですか?」
メルの疑問は最もだ。
研ぎ師を不遇職として蔑んでいるので、それを急に払拭するのは難しいだろう。
だが葛篭は楽しそうに笑って見せた。
そうなった時の解決策など、既に考えているかのように。
腕をまくりをして力を入れ、反対の手で二の腕を叩いて音を出す。
「力技で解決する!」
「「駄目ですって!!」」
それだけは止めて欲しい。
全力で説得しにかかった二人の様子を呆れる様に見ながら、隼丸は嘆息した。
『『鎮身がいるっていう話も忘れんなよー? もう少し話を練らないとね』』
『この道中、決まった行動がいくつできるかどうか。この際臨機応変に動いた方が堅実やもしれぬな』
『『不確定要素が多いからねぇ~』』
とりあえずキュリアル王国に入って、城に入って、カルロを救出するのが大きな目標だ。
そのどこかに鎮身の存在が差し込まれる。
何事もなければいいのだが、と日本刀たちは呟きながら、更に話を煮詰めるのだった。




