11.8.駄目だし
隼丸がいい案だと褒めた瞬間、容赦ないダメ出しの言葉が飛び込んできた。
テールとしてはいい案だと思ったのだが……どうやら良くないらしい。
『相手のおおよその位置が分かっているのであればともかく、何も分からず一国を捜索するなど忍びでも苦戦する。最低でも三日は欲しいところだ』
『その通り、その通りです。それでは時間がかかりすぎます。それに比べて、こちらは騒ぎの中心となる存在が居合わせているのです。なので、なので相手からすれば騒ぎに近づけばテールがいる、と教えているようなものですよ』
言われてみれば、確かにそうだ。
なんの情報もない自分たちが一人の男を探すというのは至難の業だ。
そもそもどの様な姿をしているかも曖昧である。
この世界の住民に紛れるようにして服装を変えているのであれば、いよいよ何の情報もなしに捜索するのは無理だった。
だが逆に、相手からすればこちらの位置はすぐにばれる。
木幕が国に入るだけで騒ぎになることは目に見えているのだ。
『だがそれを逆手に取ることはできる』
灼灼岩金曰く、騒ぎに乗じて鎮身がこちらに向かってくる可能性は非常に高い。
操られている状態であっても、なくても、だ。
『操られているのであれば、真っ先に向かってくる。民衆を搔き分けてな。操られていなければ……呪いが、仕向けてくるはずだ』
「どういうことですか?」
『我らはな、テールがいる場所を把握できるのだ。行かなければならない、と訴えかけてくるのだよ』
『『ああ……僕の時もそうだった……』』
不撓はよく分かっていないようではあったが、隼丸は心当たりがあったらしい。
どっちにせよ、鎮身はこちらに向かって近づいてくるのは確定のようだ。
であればそれを逆手に取る方法を考えなければならない。
もし操られてしまった場合、魔法の度合いによって取り返しのつかない被害がキュリアル王国に降りかかる可能性がある。
それだけは何としてでも回避したい。
……まだどんな魔法を使うのか、分かってはいないが。
「うん、これも……考えないとね」
『奇術、奇術ですか。確かに、侮ることはできませんね』
もう一つの懸念点は、鎮身の使用する魔法である。
情報がまったくないので、どういった人物なのかも、どういった武器を使うのかも分からない。
藤雪から変わった武器を使うとは教えてもらっていたが、それだけだ。
とにかく鎮身を呪いの好きにさせて操らせてはいけない。
それだけは分かっていた。
木幕が目を開けた。
顎をさすり、仲間たちと会話をして整理した情報を口にする。
「……カルロの位置、不遇職という汚名の払拭、王からの断罪、周囲への配慮、テールへの配慮……。鎮身への警戒、庶民の誘導……」
「っ……」
「やることは多いな」
中にいる仲間たちにそう呟いたのか、それ以降のアクションはなかった。
大きな独り言を聞いて、もう一度考え直してみることにする。
内容を見てみれば、確かにやることが多い。
その中に不遇職という汚名の払拭があるということに気付いたテールは、嬉しくはあったが逆に不安でもあった。
本当にこれで変わるのだろうか。
仙人も万能ではないのだ。
できないことが一つくらいあっても、可笑しなことではない。
王族を認めさせたとしても、民衆は認めてくれるだろうか?
仙人に取り付いた卑怯者と言われはしないだろうか……。
考えるほどネガティブになっていく気がしたので、今はその考えを頭を振るって追い出した。
今考えることは、カルロの救出。
だがそこで再び浮上してきた不安の種。
今回の旅を通して……木幕はあまりにも仙人と呼ばれる回数が少なかったように感じる。
「……木幕さんが仙人だっていう事……信じてくれますかね」
『心配ご無用!』
「わわっ!」
可愛らしい男の子の元気な声が聞こえた。
以前聞いたことがある声だったので、その主は誰なのか、すぐに理解して彼を見る。
木幕の右側に置かれている、日本刀。
名前を確か……葉隠丸と言ったはずだ。
葉隠丸は自信に満ちた大きな声で、テールの呟いた疑問に答える。
『信じぬ者はその体を持って思い知る! 僕らの名は世に広まっているが故、まさかここにそのような者が来るはずがない、と思っているだけに過ぎぬ!』
『『……なんか、なんか言葉使い変じゃね?』』
『……こやつは、童だ。甘く見よ』
「おわっ!?」
子供らしい声とは全く別の酷く低い声が、聞こえた。
今ここにいる誰でもない声。
体の奥に突き刺さるような威圧感を兼ね備えており、びくりと体を跳ね上げてしまった。
一体どこから聞こえたのかとキョロキョロしていると、その声が自分の居場所を教えてくれた。
『僕は、ここだ。今は小太刀となりて、主の御身をお守りしている』
「小太刀……。あっ」
木幕の腰に、小太刀の姿があった。
声の主は恐らく彼だろう。
目線を合わせると『うむ』と声を発してくれた。
彼は置かれている葉隠丸とほぼ同じ姿をしており、鍔は少し年季が入っているように思える。
いくつかの傷は、それが刀によって作られたものだということが分かった。
長い間苦楽を共にしてきた小太刀なのだろう。
すると、彼は少し考えこんだ後、言葉を発する。
『ややこいが、そこにいる葉隠丸と、僕は……同じ名だ。されどそれでは、些か不便だろう。僕のことは、葉の小太刀と呼ぶが良い』
「は、葉の小太刀……さん……」
『僕は葉隠丸だ!』
元気な声が再び聞こえた。
ふと思ったのだが、この精神年齢の違いはどうして決定づけられるのだろうか。
やはり長い間生きていると、こうして性格が変わってくるのだろうか?
『おい小僧。話が逸れているぞ』
「あ、確かに……。すいません」
『まぁよい。あやつの名もようやく聞けたからな。なぜ今まで黙っていたのだ』
『黙ってたのではないやい! テールが僕らの言の葉を聞き届けられなかっただけである!』
『左様』
「えっ!? 僕のせい!?」
また話が逸れそうな気がした隼丸は、大きくため息をついたのだった。




